※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

ChatGPTが注目され始め、「AI元年」とも称された2023年。しかしそれに先立つこと5年、2018年に、いち早くAIを利用した契約書チェックサービスを提供する企業が創設された。株式会社リセである。専門弁護士の知見を法務の素人でも簡単に利用できると高い評価を得ているパイオニア企業の代表取締役社長である藤田美樹氏の起業ストーリーに迫る。

法務の電子化をビジネスにするまで

ーー藤田社長が弁護士になった経緯をお聞かせいただけますか?

藤田美樹:
弁護士になろうと思って法学部に入学したわけではないのですが、学ぶうちにその魅力に引き込まれ、次第に弁護士を仕事にしたいと感じるようになりました。弁護士を目指す人には「弱者を助けたい」という思いを抱く方が多く、私もその一人でしたが、所属した事務所では企業の法務を18年間担当することになり、ひたすらその業務に取り組んできました。企業側に立ち弱者の不利益を予防する仕組みをつくるのも非常に面白かったです。

裁判で争われる事実は一つですが、どこに着目するかによって見方が変わります。弁護士は絶対に嘘を書いてはいけませんが、書かないことはできます。依頼人から受けとった情報の中で何を書くか、どう書くかでストーリーの見え方が変わります。そのストーリーをどうすれば最大限お客様の立場を代弁するものにできるかを考える。そこに大きなやり甲斐を感じていました。

ーーそのやり甲斐を手放して起業を目指したきっかけは何でしょうか?

藤田美樹:
アメリカ留学と現地での勤務体験が大きな影響を与えました。その際、日米の仕事のやり方の違いに非常に驚かされました。当時の日本の裁判所は紙がベースで、大きな事件では裁判に持ち込む書類が膨大でしたが、アメリカでは既に電子提出が一般的で、弁護士はiPad片手に仕事をしていたのです。

事務所でも、日本では書類をひっくり返して必要事項を探すのに対し、彼らは専用の検索システムで一瞬のうちに必要な情報を見つけます。その違いには本当に驚かされました。ただ、当時の技術はただの電子化による利便性の向上で、考えを助けるものではなかったのです。

しかし、2018年にアメリカのテック企業が書類の中身を解析できるツールを提供しているのを見ました。自然言語でも検索くらいまでは想像の範囲内でしたが、内容にまで踏み込んで解析できることには大変な驚きを覚えた記憶があります。「これは法務の世界が変わる」と強く感じました。そして、その時代に居合わせ、変化の予兆に気づいてしまったからには、自分でやってみたいと思うようになったのです。

ーー起業の際のパートナーは、どのように見つけたのですか?

藤田美樹:
弁護士時代は訴訟が中心だったため、スタートアップの方々とはお付き合いがなく、知識もゼロでした。そこで、少しでもスタートアップと関わりがありそうな知り合いに片っ端から連絡をとったところ、その中にAIの開発会社を立ち上げた大学時代の友人がいたのです。「リーガルテック、つまり法務の仕事をITでサポートする会社をやろうと思う」と相談すると、2週間ほどして「いろいろ調査して、面白そうだから一緒にやろう」と言ってくれました。技術的な部分は彼が担当し、私は中身をつくるという形でスタートしました。

停滞する開発と資金難を乗り越えて

ーー軌道に乗るまでには、ご苦労もあったのではないですか?

藤田美樹:
最初の2年間は本当に苦しいものでした。リーガルテックの商品は精度が非常に重要で、間違えるものは誰も使わないため、その精度を上げるのが非常に難しかったのです。購入してもらえる商品が完成するまでに2年かかり、開発費がかさむ中、何度も絶望的な気持ちになりました。それでも、実績のない私たちを助けてくれる投資家の方々のおかげで何とか生き延びることができました。投資委員会の直前に、頼りにしていた会社の投資話が流れてしまったことがあるのですが、その際も「じゃあウチが全部出そう」と言ってくださる社長さんが現れて、そのことには今でも心から感謝しています。

ーーそこからは順調に進んだのですか?

藤田美樹:
いえ、最初はたった1人の営業がβ版を持ってお客様を回り、フィードバックをいただいてくるというスタートでした。少しずつ営業を増やしていきましたが、何しろ実績がありません。伸びていく絵を描けないと出資もお願いできないので、「来年は500社売ります」と、自分でも「本当かな?」と思うような宣言をしたりして、自分を奮い立たせていましたね。結局500社には届きませんでしたが、約400社に販売できたときには、「また生き延びたな」と感慨もひとしおだったのをよく覚えています。

ブレない芯をキープしつつ新たなステージへ

ーー改めて、貴社のサービスと今後の展開についてお聞かせください。

藤田美樹:
相手方から受けとった契約書をアップロードすると、売主・買主それぞれの立場に応じて、注意すべき不利な条項や、必要だが抜けている条文などを洗い出して提示します。先ほど申し上げたように、リーガルテック商品は精度が命なので、日々のアップデートが欠かせません。テクノロジーの会社というとスマートに仕事をしているイメージを抱かれるかもしれませんが、実際には非常に地道な作業の積み重ねです。

今後については、お客様のリスクや手間をより減らす新しいラインを打ち出していきたいと考えています。中核は契約書のチェックツール「LeCHECK(リチェック)」ですが、リスク認識を深めるために翻訳ツール「LeTRANSLATE(リトランスレイト)」も提供しており、電子帳簿保存法に対応した契約書の管理ツール「LeFILING(リファイリング)」も用意しています。

「あったら便利なもの」と「お金を払ってでもほしいもの」には大きな隔たりがあると考えているので、現在構想中のものについては、市場調査を実施して見極めています。プロジェクトチームを立ち上げ、インタビューを重ね、さらに便利な世界を目指していきたいと考えています。

編集後記

終始穏やかで誠実に、ときにユーモアを交えて答えてくださった藤田社長。一方で内に秘めた大胆なチャレンジ精神と堅実な情報収集力も感じられた。また、藤田社長が目指す「より便利な世界」というシンプルでありながらも可能性に満ちた展望には、強い信念とビジョンが込められている。法務の世界を変革しようとする情熱と実行力が、多くの企業に新しい価値を提供している。藤田社長の理念を体現する株式会社リセの今後の展開が非常に楽しみだ。

藤田美樹/株式会社リセ代表取締役社長、弁護士(日本・NY州)。東京大学法学部卒業。Duke大学ロースクール卒業(LLM)。司法試験合格、司法修習を経て、2001年に西村総合法律事務所(現西村あさひ法律事務所)入所。米国留学、NY州法律事務所勤務を経て2013年にパートナー就任。2018年に退所し、株式会社リセ設立。