不動産業界のデジタル化が後れをとる中、独自のアプローチで業界の変革を推進しているイタンジ株式会社。同社は不動産取引のデジタル化に特化したSaaSを提供し、設立から10年強で、年間100万件以上の入居申し込みで利用されるまでになった。今回は、エンジニアから経営者へと華麗な転身を遂げた代表取締役社長執行役員CEOの永嶋章弘氏に、同社の戦略と不動産業界の未来像について話を聞いた。
プログラミング好きが辿り着いた経営者の座
ーーこれまでのキャリアについて教えてください。
永嶋章弘:
私は高等専門学校でプログラミングを学び、筑波大学大学院へ進学して情報工学の修士号を取得しました。振り返ると、ずっとプログラミングやパソコン関連の勉強をしていましたね。2010年に新卒でニフティ株式会社に入社しましたが、当時はまだスマートフォンも今ほど流通しておらず、インターネット系の会社を目指す学生は少数派でした。
子どものころからホームページをつくるのが好きで、インターネットサービスに携わりたいという思いがあり、ニフティがM&Aした会社でSNSマーケティングツールの開発に携わりました。
その後、創業間もないイタンジ株式会社に入社し、営業やカスタマーサクセス、開発など、なんでも経験しましたね。2年ほど経ったころ、株式会社メルカリに転職してプロダクトマネージャーを経験しましたが、執行役員として再びイタンジに戻ってきました。
ーー社長就任までの経緯をお聞かせください。
永嶋章弘:
イタンジに戻ってからは、新規事業を手がけながら、採用やマーケティング部門、デザイン部門を管掌していました。そんな中、前CEOが新たな事業の開始に向け辞意を表明しました。
私は、イタンジには創業初期から在籍し、通年10年近く不動産業界に携わっています。また、新規事業の立ち上げや、グループ会社を始めとする様々な企業との協業を通じてイタンジの成長に貢献してきました。そうした背景もあり、「テクノロジーとリアルの両側面のナレッジを活かして、事業成長を加速させて欲しい」という前CEOの想いを受け、CEOに就任することになりました。
40%のシェアが物語る不動産SaaSの実力
ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。
永嶋章弘:
私たちが目指しているのは、不動産取引を他の物販やホテル・航空券などの予約/決済と同じように、より管理しやすいレベルに引き上げること。そのために必要なのがデジタル化です。物販やホテル予約で在庫管理やレコメンドがうまくいっているのは、全てのやりとりがデジタル化されているからだと考えています。
不動産業界はまだそこまで至っておらず、不動産取引における契約書はまだ紙が主流だったり、入居申込の最新情報が物件サイトに反映されるのに時間がかかり、空室が不明確だったり、取引履歴が完全にデータ化されていないこともあるのです。そこで私たちは、不動産業界のインフラとなるべくSaaS(「Software as a Service」)を提供し、取引のデジタル化を進めています。
特に強みとなっているのが募集支援の分野です。内見予約、入居申込、契約、更新・退去などの不動産業務をサポートするSaaSを不動産管理会社に提供し、それらとデータ連携することでリアルタイムに最新の物件情報が確認できる不動産業者間サイト「ITANDI BB」を運営しています。
ーーその結果、どのような成果が出ているのでしょうか?
永嶋章弘:
現在、私たちのプラットフォームで年間100万件以上の入居申し込みが行われており、日本全体の賃貸契約の約40%を占めている計算(※1)になります。また、国土交通大臣指定の不動産流通機構が運営・管理している「レインズ」という不動産流通システムがあるのですが、「ITANDI BB」は現在、首都圏1都3県でこの「レインズ」についで多くの不動産仲介会社様に利用(※2)いただけるまでに成長しました。この急拡大したシェアが私たちの強みです。在庫情報や内見予約、申し込み、契約といったデータが集積されていくので、そのデータを活用することで、今後さらなる顧客体験の向上にもつなげていけると考えています。
また、グループ会社としてGA technologiesに属していることも強みといえるでしょう。M&Aを通じて関連事業者を取り込み、データ活用やシェア拡大を進めています。最近では不動産売買の業務効率化を支援するプロダクトを開発する、株式会社Housmartと経営統合しました。こうした会社間のシナジーも活かすことで、加速度的に不動産取引の体験を変えていくことを目指していきます。
(※1)全国賃貸住宅新聞発⾏「賃貸仲介・⼊居者動向データブック2024」の2023年賃貸仲介件数(推計)178万件より、ITANDIの申込から契約までのキャンセル率33%を基に⼊居申込数を265万件と算出し、ITANDIの年間電⼦⼊居申込数107万件から割合を推計
(※2)出典:リーシング・マネジメント・コンサルティング株式会社「2024年 賃貸不動産マーケットのお客様動向調査」
実業とテクノロジーの融合で目指す、不動産業界の変革
ーー貴社にはどのような人材がマッチしますか?
永嶋章弘:
私たちが求めているのは、単にものづくりが好きな人ではなく、事業をつくりたいという志を持つ人材です。プログラミングはあくまで手段に過ぎず、それを使って事業を推進することが好きな人に来てほしいですね。また、面白いことに、私たちの会社は「出戻り」が多いです。私も含めて8人ほどいますね。一度外に出て経験を積んで、会社の成長に合わせて新しいポジションで戻ってくる。そういったキャリアパスを積極的に支援しています。
最近では、転職してスタートアップで経験を積み、その会社が上場した後に戻ってきて、より高いポジションで活躍している社員もいます。このように、フレキシブルな文化を大切にしているので、さまざまな経験を積みたい方にもぴったりだと思いますよ。
ーー最後に、貴社が目指す未来像をお聞かせください。
永嶋章弘:
私たちは不動産業界のインフラになることを目指しています。不動産取引を円滑にし、人々が本当にやりたいことを実現できるようにする。そのために、どこでも私たちのシステムが使われている状態をつくり出したいと考えています。しかし、この業界は変化に時間がかかり、私たちも10年かけてようやく軌道に乗り始めた段階です。だからこそ、粘り強く続けることが重要で、最終的に生き残っていれば勝者になれるという思いで取り組んでいます。
私たちの特徴は、実業とテクノロジーの融合にあります。不動産の実業を知る会社がSaaS企業と一緒になり、そのSaaS企業が成長するという構図は、日本では数少ないのではないでしょうか。この構造を活かして、不動産取引におけるコストを最小化し、安全で快適な不動産取引が持続する社会をつくる。それが私たちの目指す未来像です。時間はかかると思いますが、必ず実現できると信じています。
編集後記
永嶋氏の言葉には、不動産業界を根本から変えようとする熱意が満ちていた。「時間を味方にしたものが勝つ」という考え方が印象的だ。10年かけてようやく軌道に乗り始めたという事業。その粘り強さこそが、不動産業界を変革する鍵なのかもしれない。実業とテクノロジーの融合という独自のアプローチで、どこまで業界を変えていくのか。今から楽しみでならない。
永嶋章弘/筑波⼤学⼤学院にて情報⼯学修⼠号を取得後、エンジニアとしてニフティ株式会社に⼊社。2014年、創業期のイタンジ株式会社に⼊社し複数の新規事業を⽴ち上げに携わると、2016年、株式会社メルカリにプロダクトマネージャーとして転職。2018年、イタンジ株式会社に再⼊社し執⾏役員に就任、デザイン部⾨、マーケティング部⾨などを管掌。2023年11月、代表取締役社長執行役員CEOに就任。