「釣り」を通じて人々に豊かな時間を提供し続ける株式会社大藤つり具。創業以来、釣り具の卸売・小売業界をリードしてきた。1970年代から積極的に店舗展開を開始し、1989年には初のM&Aを実施。その後、2005年に代表取締役に就任した大藤謙一社長のもと、オンラインショップの強化やYouTubeチャンネルの開設など、デジタル戦略にも注力。長い歴史と新たな取り組みを両立させる同社の成功の秘訣を、大藤氏にうかがった。
香港駐在を経て、家業を継承
ーー大藤つり具に入社された経緯を教えてください。
大藤謙一:
私は長男なので、昔から会社を継ぐことを期待されてきました。大学卒業後は、将来に役立てばと考えて銀行へ入行し、5年間の香港駐在を経験します。その頃、アジアはちょうど成長軌道にのっているときで、大手金融機関や政府機関を相手に、業務の委任を獲得したり、お客さまのニーズにあわせた資金調達を提案するなど、それなりの成果を上げ達成感がありましたね。
当時を振り返ると、さまざまな人を巻き込みながらプロジェクトをまとめた経験は、弊社の経営にも活かされていると感じます。そして、父から「そろそろ継いでほしい」と声がかかったのが、香港から帰国した35歳のときでした。
ーー入社後の仕事内容はどのようなものだったのでしょうか。
大藤謙一:
四国に釣り具の小売業をやっている株式会社ジャンプという関連会社があるのですが、そこで取締役に就任し経営を担うことになりました。釣り具を扱うのは初めてだったので知らないことも多く、戸惑いも大きかったですね。特に外からやってきていきなり社員を束ねるのは難しいものです。
また、当時は釣り具業界も厳しい時期でした。社員の待遇も良くできない切羽詰まった状況の中で、社員のモチベーションを上げ一体感を出すことに苦労しましたね。自分も現場に立ち、社員とコミュニケーションをとることを重視しました。それから約2年後に本社に戻り、専務に就任。当時社長からは特にミッションを与えられていなかったので、まずは経営課題を見つけて改善の舵取りをするというところから始め、その後社長に就任します。釣り業界はアップダウンが激しいのですが、やはり業績が悪いときはプレッシャーが大きかったです。
「良いものは何でも取り入れる」柔軟な経営方針
ーー貴社の事業内容と強みについて教えてください。
大藤謙一:
弊社で売上の大半を占めるのが小売と卸業です。各種メーカーの商品と、自社で企画した商品を扱っています。また、自社で物流倉庫を持つなど物流機能も有しているのが特徴です。事業の歴史が長く、お客さまから信頼を得ていることも強みとして挙げられます。
ーー業績が振るわなかった時の印象的なエピソードはありますか?
大藤謙一:
東日本大震災の後、しばらく苦しい日々が続きましたね。売上に大きな影響がありました。この不振がきっかけとなり、オリジナル商品により一層力を入れるようになりました。オリジナルの商品は利益率が高いので、こういった商品をしっかりと販売していくという経営方針で今日までやってきました。
弊社のプライベートブランド商品はもともと初級・中級者向けでした。しかし、年々釣りをする人は減りつつあり、メーカーの商品を選ぶ傾向にある中級・上級者にも販路を広げる必要がありました。そうした変化にあわせ、今までのものに加えて中級・上級者向けの製品を販売する方向に舵を切りました。
ーー貴社ではこれまでM&Aを何度か行われていますが、その経緯や考えをお聞かせください。
大藤謙一:
最初は、現会長が社長だった1989年に、業績が悪くなった釣り具店から頼まれてM&Aをしました。私が社長になってからも複数回経験しています。店舗がすでにまとまった状態で出店できる点は、M&Aの利点ですね。
M&Aを行うと、体制や方針のズレにより、うまくコミュニケーションが図れないという話も聞きますよね。弊社では、会社の方針やそれが必要な理由を繰り返し説明し、理解を得るように努めました。また、良いものがあれば先方のアイデアも素直に取り入れるようにしました。その結果、多くの社員に残ってもらうことができたのだと思います。
風通しがよく、ジェンダーギャップを感じない環境がある
ーー貴社ではどのような方が活躍できますか。
大藤謙一:
弊社では、入社年次やジェンダー関係なく活躍できる環境が整っており、女性の店長が3人いるなど、同じ業界内でも特に女性が活躍していると自負しています。また、意見を出しやすい職場環境であることも心がけています。弊社はYouTubeやInstagramなどSNSにも力を入れていますが、それも若手社員からの発案で始まりました。
現在採用にも力を入れており、釣りが好きな人は大歓迎です。また、今は釣りの経験がなくても、私たちが精一杯サポートするので、釣り具業界に興味をもっていただけたら嬉しいですね。
ーーSNSに注力されているとのことですが、その取り組みについて詳しく教えてください。
大藤謙一:
2020年に、YouTubeチャンネル「アングラーズ チャンネル」を立ち上げました。30代の社員が中心となって企画し、店舗のスタッフが出演、撮影から編集まで全て自社で行っています。釣りの業界は旬があり、スピーディーな対応が必要なので、弊社では撮影後、最短1週間で動画をアップしています。今後も社員と共に、多くの方に見ていただけるようなコンテンツをつくり、釣りの楽しさや面白さを伝えていきたいですね。
編集後記
株式会社大藤つり具のYouTubeチャンネルは店舗ベースの「アングラーズ チャンネル」の他にフィッシングメーカーベースの「SLASH」チャンネルも運営している。どちらのチャンネルも同社の社員がプライベートブランド製品の魅力を語り、自ら釣りを楽しむ姿を見せている。動画を通して、知名度が上がり、店舗で声をかけられたという社員もいるそうだ。商品開発、さらにはSNSにも力を入れる同社が、これからどんなコンテンツを生みだしていくのか楽しみだ。
大藤謙一/1963年大阪府生まれ。1987年に京都大学卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。1993年から香港に駐在し、アジアにおけるシンジケートローン・プロジェクトファイナンス業務に従事する。1998年に株式会社大藤つり具に入社。2005年に代表取締役に就任し、現在に至る。