食品卸業界において、100年以上の歴史を誇る株式会社福谷。創業以来、食品原料の安定供給を通じて日本の食文化を支え続けてきた老舗企業だ。しかし、その伝統に安住することなく、時代の変化に柔軟に対応し続けている。
全国に広がる販売網と物流インフラを活かし、大手食品メーカーから地域の小さな菓子店まで、幅広い顧客のニーズに応えている。さらに、M&Aを積極的に活用し、業界内でのシェア拡大を図るなど、攻めの経営も展開している。「食品産業の縁の下の力持ち」としての使命を胸に、さらなる成長を目指す同社の代表取締役、福谷藤七郎氏に話をうかがった。
海外での経験を経て見えた家業の価値
ーー家業を継ぐまでの経緯をお聞かせください。
福谷藤七郎:
大学卒業後、住友銀行に入行しました。当時は家業を継ぐ考えはなく、自分のやりたいことを追求したいという気持ちが強かったので、親の会社とは取引のない銀行を選んだのです。
銀行には8年ほど勤務し、その間にニューヨーク支店に勤務したり、カリフォルニア大学でMBAを取得したりしました。海外勤務を経験したことで、文化や価値観の違いを肌で感じる貴重な機会を得たと感じています。
当時の日本は「上が黒と言ったら、全員黒」という風潮が残っている時代で、私もその風潮に染まっている部分がありました。しかし、アメリカではむしろ「個人の意見を言わないやつは社会に貢献できない」という考え方だったのです。日本の古い組織体質を見直す視点が養われたことが、非常によかったと思います。
ーー家業を継ぐことになった契機は何だったのでしょうか?
福谷藤七郎:
実は、銀行に入った当初は定年まで働くつもりでした。しかし、あるお盆の帰省時に父から「福谷という会社は福谷家が代々やってきた。誰かがやらなければいけない」という話があったのです。
父の言葉のすべてに納得したわけではありませんが、当時は銀行での経験を通じて、個人の努力が必ずしも組織の結果に結びつかない限界を感じていた時期でした。そんな中で、自分の力をより直接的に結果に変えていける可能性を弊社に感じ、家業を継ぐ決断をしたのです。
トップダウンからチーム経営へ、進化する組織
ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。
福谷藤七郎:
弊社の主な事業は食品原料の卸売業です。取り扱い品目は多岐にわたり、砂糖、小麦粉、油脂といった基本的な食品原料から、各種添加物、香料、色素に至るまで、食品製造に必要な原料を幅広く取りそろえております。
強みは、地域に密着した営業網と、大手ユーザーへの対応力の両立ですね。地方の小さな菓子屋さんから大手食品メーカーまで、幅広い顧客に対応できる体制を持っています。これは、長年かけて築き上げてきた信頼関係と全国規模の物流ネットワークがあってこそ実現できます。
ーー社員の方々とは、どのように向き合っていらっしゃいますか?
福谷藤七郎:
社長に就任する前は、自分ができることはすべて自分でやろうとして、多くの仕事を一人で抱え込み、結果を出すことにこだわっていました。しかし、会社全体を見る立場になってから、そういった姿勢では組織は成り立たないことに気づいたのです。
今は「その人の得意な部分を生かしてもらう」や「できるように指導する」という方向に考え方を変えました。同時に、会社の方針や目標をしっかりと伝えることも心がけていますね。
弊社の使命である「食品産業を支える」という意義についてしっかりと伝える。そうして、社員一人ひとりが自分の仕事の意味を理解し、誇りを持って働けるようになることが、結果的に会社の成長につながると考えています。
付加価値を重視する戦略で食品卸業界の未来を切りひらく
ーー今後の事業展開について、お聞かせください。
福谷藤七郎:
かつては各地域の有力な問屋さんとの取引が中心でしたが、時代の変化とともにお客様のニーズや地域の流通構造も変わりつつあります。そのような変化に対応するため、従来から取引のある問屋さんとの連携をさらに強化し、先方の事情によってはM&Aによって当社グループにお迎えすることもあります。
長野営業所の設立がその一例ですね。私が初代所長となって立ち上げましたが、これは地域の問屋さんの力を活かしつつ、弊社のインフラと組み合わせることで、より効率的な事業展開を実現したものです。
今後の展開として、まず販売エリアを広げたいと思っています。同時に、付加価値の高い商材の取り扱いを増やしていかなくてはいけません。世の中のコストが上昇する中、薄利多売だけではいずれ限界を迎えるでしょう。付加価値の高い商品を、既存の流通網に乗せて効率的に販売していくことがこれからの目標ですね。
ーー貴社の社会的使命とは何ですか?
福谷藤七郎:
弊社の社会的使命は、食品産業を「縁の下の力持ち」として支えること。一定量を使用される大手ユーザーがおられる一方で、市中の小規模なお客様もおられ、それらが全体として弊社の配送や倉庫設備の効率的な運用を実現しているのです。この支え合いのバランスを保ちつつ、地域の食文化を次の世代に引き継いでいくことが私たちの役割だと考えています。
今後も時代の変化に柔軟に対応しながら、この使命を果たしていきたいと思います。同時に、社会の価値観の変化にも注目し、会社のあり方も少しずつ変えていく必要があります。これまでの伝統を大切にしながらも、常に進化し続ける。そういった企業でありたいと考えています。
編集後記
海外で得た異文化体験、銀行マンから家業を継ぐまでの葛藤、そして今も続く経営改革。話題は尽きることなく、気がつけばインタビューの終了時間だった。100年以上の歴史がありながら、時代の変化に合わせてしなやかに形を変える。そのバランス感覚が、長年の成功の秘訣なのかもしれない。インタビューを終えた今、スーパーの食品売り場を見る目が少し変わった気がする。
福谷藤七郎/1963年、愛知県名古屋市生まれ、東京大学経済学部卒。住友銀行(現 三井住友銀行)に入行し、新宿西口支店・ニューヨーク支店に勤務。カリフォルニア大学バークレー校でMBA取得後、1994年に株式会社福谷に入社。東京支店で東北・信越地区の営業を担当。東京支店営業部長、専務取締役を経て2003年、代表取締役社長に就任。