新型コロナウイルス感染症の流行によって、自動車関連業界は深刻な打撃を受けた。従業員の感染による工場の稼働停止や生産性の低下が相次いだ上、半導体やナイロンなどの原材料不足が追い打ちをかけたのだ。
自動車や航空機の金型や部品製作、試作車の組み立てなどを行う鳥羽工産株式会社は、コロナショックによって悪化した業績の回復を、旧車のレストア事業をきっかけに乗り切ったという。そんな同社の代表取締役社長を務める傍島聖雄氏に、事業への取り組みや今後の展望について話をうかがった。
創業者の孫として教員から社長にキャリアチェンジ
ーー創業者はおじいさまとのことですが、傍島社長は最初から会社を継ぐ予定だったのですか?
傍島聖雄:
当初継ぐ予定はありませんでした。現会長である父から入社を勧められることがなかったため、大学卒業後は6年間教員をしていました。担当科目は、中学校では社会科、高校では地歴・公民科です。しかし父から「30歳までにどちらの道を選ぶか決めてほしい」と言われ、2007年に鳥羽工産に入社しました。
ーー社長就任後に苦労したエピソードを教えてください。
傍島聖雄:
コロナショックの影響で業績が悪化して、多くの従業員が弊社を去ってしまったことは辛かったですね。現在も業績が完全に回復したわけではありませんが、工場間協力や多能工化等で働き方が変わってきた事で離職する人が減りました。有給休暇はもちろん、産休や育休も取得しやすくなり、2023年には男性の育休取得率が100%になりました。女性は以前から育休取得率100%でしたが、変革後は男性も遠慮なく育休をとれる環境にすることができました。
ーー育休の取得推進以外に、社内でどのような取り組みをしていますか。
傍島聖雄:
「ありがとうカード」というものを実施しています。これは、協力体制を強固にする中で、声に出来ていなかったお互いに伝えたい感謝の気持ちをカードに書くという試みです。もともとは、「改善提案を月1件提出する」というノルマがあったのですが、現在はこの「ありがとうカード」を改善提案の代わりに提出してもよいことにしています。従業員同士が感謝し合う環境づくりに役立っています。
来期からは、「あなたのここはすごいね!」というところを褒める、「べたほめカード」という取り組みも始める予定です。感謝し合い褒め合うことで、従業員同士や上司部下の良好な関係構築に役立てたいですね。
旧車のレストア事業をきっかけに売上が3期連続増加
ーー貴社の事業内容について教えてください。
傍島聖雄:
自動車や飛行機の部品を金型設計・製作から成形まで一貫して生産し、自動車部門では、つくった部品で試作車を組み立てたりしています。試作車というのは、発売前にデザインの確認をしたり、展示会等で展示したり、衝突実験や走行試験を行うためのものです。少量多品種で質の高い部品の生産ができることが強みです。
航空機部品事業は、熱処理等の特殊工程を保持している事が強みですが、コロナ禍の影響で売上が半減してしまいました。そこで、弊社の専務が旧車好きだったこともあり、少量多品種生産用の既存設備やノウハウを活かせる旧車のレストア事業を始めることにしました。事業を立ち上げる際に社内でチーム参加者を募ったところ、定員の倍ぐらいの応募がありました。
最近は、「ケンメリ」の愛称で知られる日産スカイラインのボンネットやトランクなどを製作して、「LIBERTY WALK」という車体整備店を通じて販売しています。製造工程はLIBERTY WALKのYouTubeで公開されていますので、ぜひご覧ください。
ーー貴社で活躍できるのはどのような人材ですか。
傍島聖雄:
弊社は、やる気があり、積極的に業務に取り組む意欲のある人や、ものづくりが好きな人にとって、非常にやりがいがある会社だと思います。毎回違うものを少量ずつつくる業態なので、同じものが二度流れてくることはありません。
また、扱う素材が鉄からアルミに代わったり、部品の形状が変わったりするので、そうした変化に柔軟に対応していける人が好ましいですね。変化に対応できる能力がある人はどんどん新しいものに挑戦してもらい、そこで習得した技術を活かして活躍してほしいと思います。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
傍島聖雄:
今後は既存事業の深掘り、「深化」をさせつつ、新規事業の「探索」を行う「両利きの経営」を進めていきたいと考えています。売上向上を図るべく、いろいろな業種に参入する方針です。コロナ禍で業績が落ちたときには、新規事業参入のためのビジネスセミナーに通っていたのですが、そのとき、ペット事業を始めようとされていたデザイナーと知り合い、ものづくりの面で提携できそうだと感じました。今後はペット業界も視野に入れています。
歴史を振り返ってみますと、どれだけ大きな国や企業であっても、ずっと同じように繁栄し続けることはありません。たとえ今売上が右肩上がりだったとしてもいつかは苦しい時期に差し掛かることもあるでしょうし、反対に今は苦しくてもいつか栄えるときが来るかもしれません。長期的な視野で物事を考え、長く事業を持続させるために変化し続けていきたいと考えています。
また、会社が旧車のレストア事業を始めた事により、社内で自主的に新たな自社商品作りが始まったり、外部からもLIBERTY WALKさんの様に今まで出会った事のない分野から声が掛かったりして、活動の輪が広がってきました。変化に対応しつつ、新たな挑戦をし続けることによって、長期的に事業を続けていきたいです。
編集後記
コロナショックに加えて、「100年に1度の大変革」と言われる自動化や電動化、コネクテッド化の波が自動車関連業界に課題をもたらす中、長期的な視野を持って新規事業に臨む傍島社長。コロナ禍で業績が下がってもリストラをせず、従業員の生活面を考慮して他社へ出向させるなど、人を大切にしているという印象を受けた。今後も新しいものづくりで活躍し続けてくれるであろう同社と、傍島社長の未来に期待が膨らむ取材となった。
傍島聖雄/1978年、岐阜県生まれ。2001年、上智大学文学部教育学科卒業。栄光学園中学高等学校で6年間の教員生活を経て、2007年に鳥羽工産株式会社へ入社。2021年に代表取締役社長に就任。