
株式会社をくだ屋技研は、創業90年を誇る物流機器の製造・販売を行う企業だ。社会貢献を企業理念に掲げ、ハンドリフトやパワーリフターなどをはじめとした、物流現場の効率化と安全性向上に貢献する製品を開発している。環境に配慮した水圧式機器の開発や、海外展開にも積極的に取り組み、マレーシアや中国に現地法人を設立している。今回は、自身も海外の現地法人での勤務経験を持ち、幅広い視点で社会貢献を目指す同社代表取締役社長の奥田智氏にお話をうかがった。
幼少期から海外経験を経て、ものづくりの世界へ
ーー最初に、生まれ育った環境について教えてください。
奥田智:
私は広島県生まれで、15歳まで広島で育ちました。実家は360年続く家で、100年以上続く、をくだ屋技研とは別の事業を営んでいます。長男として生まれたこともあり、ゆくゆくは関わっていくのかなと考えていましたが、父親からは「自分のやりたいことをやりなさい」と言われ、15歳から単身でアメリカに行き、高校時代を謳歌しました。父親自身が長男で家業を継いだこともあり、私には自由にやらせたいと思ったのでしょうね。
実は幼少期から、ものづくりに触れており、一時期は彫刻家を目指してブロンズ像をつくっていました。そういう意味では、ものづくりの基礎は幼いころから培われていたと思います。
ーーをくだ屋技研に入社されたきっかけは何だったのでしょうか。
奥田智:
現在の、弊社の相談役が社長の時に、マレーシアに工場を作る予定なので、海外に住んでいた経験を活かして通訳などをやってみないかと声をかけていただいたのがきっかけです。当時は会社の立ち上げに興味があったので、弊社のマレーシア現地法人に入社しました。ビザの関係で現地採用だったため、給料は現地の水準でしたが、会社の立ち上げを見られることが魅力的だったので給料の高低はあまり気になりませんでしたね。
そして、3年ほど働いた後、日本に戻ることになりました。帰国するまでは、日本に帰ったら地元の広島に帰ろうと思っていたのですが、マレーシアでさまざまな経験をさせてもらうなかで、この仕事を好きになっている自分に気づいたのです。そこで、1999年に弊社に入社したというわけです。
その後、中国の現地法人の立ち上げにも関わり、副総経理として働きました。会社の規則をつくったり、決算を組んだりと、ゼロから会社をつくり上げる経験ができました。当初は、社長になるつもりはありませんでしたが、いざ声をかけていただいた際に、自分のなかで明確に弊社が目指す先を思い浮かべられたのです。そこで覚悟が決まり、社長に就任しました。
カスタマイズ力が強み、現場のニーズに応える製品づくり

ーー貴社の事業内容について教えてください。
奥田智:
弊社は、物流機器の製造や販売を行っています。弊社の製品は、必ず社会課題に紐づいていることが特徴です。たとえば、カーボンニュートラルの実現や、労働人口減少への対応などですね。これまでは油圧式の製品が中心でしたが、油の代わりに使用できる水系制御液を開発した企業と巡り合いました。これは人が舐めても問題はなく、ハンドリフトなどに採用するとクリーンルームなど、従来は使用が難しかった環境でも弊社の製品をご活用いただけるようになります。
また、弊社はお客様のニーズに合わせたカスタマイズ製品を提供することを得意としています。現場によっては、スタンダードなものでは対応できないこともあるでしょう。それに対して、現場に合わせたピンポイントの製品や新しい付加価値を持つ製品をつくり出せるのです。これは弊社の大きな強みだと考えています。
ーー海外での経験は、ご自身にどのような影響を与えましたか?
奥田智:
マレーシアや中国での経験はとても貴重でした。現地での経験を通じて、海外におけるビジネスの進行方法や、現地の文化・習慣への理解が深まったのです。特に、現地の人々と同じ目線で働けたことが大きかったですね。マレーシアでは、現地のワーカーたちと同じ給料だったため、工場の人たちと5人ぐらいで部屋をシェアしたり、夜は日系企業の方々の運転手をして、その代わりに夕食を一緒に食べさせてもらったりしていました。
今でも当時の人たちとの交流が続いていて、ビジネスにも活きています。弊社が、グローバルな視点で現地に根ざした事業展開ができるのは、こういった経験を積ませてくれる会社の風土や文化があったからこそだと思います。
社員とともに成長し、社会に貢献する企業を目指す
ーー人材育成や社内制度について、どのような取り組みをされていますか?
奥田智:
人事評価制度の構築には特に力を入れています。約7年前から、シンクタンクの日本生産性本部にも協力いただきながら、社員一人ひとりの成長につながる制度づくりを進めてきました。重要なのは、一方的に社員を評価するのではなく、人が育つことをメインにすることです。目標設定も、ただ達成することだけを求めるのではなく、チームビルディングや個人の成長を重視するものにしています。
また、社員が働く環境にも配慮しています。たとえば、暑さ対策として空調服を支給しています。将来的には、シャワールームを設置したり、小さなお子さんを持つ社員がさらに働きやすい環境をつくっていきたいと思っています。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
奥田智:
2024年に創業90周年を迎えたので、鹿児島県に社員とその家族をお連れして、記念式典を開催する予定です。実は、弊社の創業時は鹿児島県の人材が多く、一時期は9割が鹿児島県の出身でした。弊社のルーツともいうべき場所なので、これからも社員同様に大切にしたいですね。
また、弊社の信条でもありますが、常に社会に貢献する企業でありたいと思っています。さまざまな環境問題が叫ばれる中、その対応は急務といえるでしょう。そのために環境対策に力を入れ、製品開発においては、環境に配慮した素材を使用したり、100%再生可能エネルギーを活用して製品をつくったりしています。これからも、物流機器のスペシャリストとして、社会の変化に応じた製品の開発にまい進していきます。
編集後記
取材を通じて、同社の90年の歴史と、それを支えてきた人々の思いを強く感じた。海外での経験を活かし、グローバルな視点で事業を展開しつつ、社員の成長や環境への配慮も怠らない。創業90年を迎えた老舗企業が、時代の変化に柔軟に対応しながら着実に歩みを進める姿に、ものづくりの本質を見た気がした。

奥田智/1974年、広島県生まれ。1996年に現地採用として、OPK Inter-Corporation Sdn. Bhd.(株式会社をくだ屋技研のマレーシア現地法人)に入社。3年の勤務を経て、1999年に株式会社をくだ屋技研に入社。同社、中国現地法人の副総経理、海外事業部長、取締役、常務取締役を経て2018年に代表取締役社長に就任。