
店舗オペレーションの約4割を占める品出し作業。その自動化に挑むスタートアップ企業が、独自のアプローチで小売業界に変革をもたらそうとしている。株式会社MUSEが開発したストアロボット「Armo」は、品出しだけでなく、売り場データの収集や接客・案内まで、1台で複数の業務をこなし、小売店舗の働き方改革を加速させている。世界10カ国以上の開発メンバーとともにグローバル展開を進める、同社代表取締役CEOの笠置泰孝氏に話をうかがった。
現場のニーズに触れ、小売店舗向けロボットの開発を決意
ーー社長のこれまでの経歴を教えてください。
笠置泰孝:
大学時代から漠然とロボットビジネスへの関心はあったものの、文系学部だったこともあり、まずはビジネスの基礎を学ぼうと考えました。監査法人や投資銀行でキャリアを積む中でも、常にロボットビジネスの可能性を探っていたことを覚えています。
当時、日本のロボット業界では人型ロボットの開発が主流でしたが、高コストで用途が限定的という課題がありました。しかし一方で、掃除ロボットのように既存製品にロボット技術を組み込んで成功している例もありました。
そこで、ロボット技術を要素分解すれば、同じように既存製品の付加価値を高めることができるのではないかと考えたのです。そうして、自動運転技術を手がける企業に転職し、物流ロボットの事業に携わることになりました。
ーー創業に至った経緯についてお聞かせください。
笠置泰孝:
前職では、倉庫などの広い場所に向くロボットの開発に携わり、立ち上げから量産まで、7年ほど務めました。その過程で、小売店舗にロボット導入への強いニーズがあることを実感したのです。店舗では品出し作業が全体の業務の4割ほどを占めているにもかかわらず、効率化するソリューションがほとんどない状態でした。
そこで現在のCTOとともに、小型で低価格なロボットを開発し、幅広い店舗への普及を目指そうと考えました。私たちが目指したのは、1台で複数の業務をこなせるロボットです。完成すれば、導入コストを抑えながら、高い投資効果を実現できると確信したことが創業のきっかけになりました。
多機能化と低コストの両立で、店舗改革に挑む

ーー貴社の事業内容について教えてください。
笠置泰孝:
弊社は、小売店舗向けのロボットソリューションを提供しています。最大の特徴は「マルチユース」という考え方です。従来の搬送ロボットは搬送機能のみに特化しているため、品出しをしていない時間は使えないという状況でした。
そこで弊社は、ユニット(機能の一部)を付け替えることで売り場データの収集やお客さまの案内など、時間帯に応じて異なる業務をこなせるロボットを開発しました。これにより、従来なら複数台必要だった機能を1台で実現し、導入コストを大幅に削減することができます。また、本体は10キロ程度と軽量ながら、100キロまでの搬送が可能で、狭い店舗でも効率的な運用ができる設計となっています。
ーー開発の際にはどのような苦労がありましたか?
笠置泰孝:
最も大きな課題の一つが間仕切り用のスイングドアを通過させることでした。ロボットにとって開閉するドアは単なる障害物として認識されてしまいます。ドアを通るたびに人がサポートしていては本末転倒なので、ドアを認識して適切なタイミングで通行する制御システムを開発しました。
また、人とのすれ違いというのも課題でした。オペレーションの効率を考えると、物に対してはできるだけ近づいた方が良いのですが、人に対してはそうはいきません。ドアと同様に、ロボットは人も障害物として認識するので、やはり制御する必要があるのです。
現在はAIを活用して、人や障害物に応じた適度な距離感や最適な走行制御を学習させて、店舗スタッフやお客さまに違和感を与えない動きを実現しています。
グローバル市場を見据えた多様性重視の組織づくり
ーー今後の事業展開についてお聞かせください。
笠置泰孝:
国内はもちろんですが、海外市場でより大きな可能性を感じるのがアメリカです。品出し作業の本質は国を問わず共通していますが、アメリカは日本と比べて店舗面積が3〜4倍、人件費は2倍ほどと、自動化による効果が非常に大きいマーケットです。
2024年7月にテキサス州に拠点を設立し、現地でのサプライチェーンやサポート体制の構築を進めています。それまでの現地企業との商談では、こちらがどれだけ本気で勝負しようとしているのかを見られている感覚があり、それならばと現地拠点の設立を決断したのです。
こうした体制強化は、現地企業からの信頼を得る上で重要なポイントになると考えています。
ーー事業拡大に向けた組織づくりの方針を教えてください。
笠置泰孝:
現在、弊社は30名ほどの組織ですが、すでに10カ国以上から優秀な人材が集まっています。米国やシンガポール、エジプト、インド、カナダなどからリモートで参画するメンバーも多く、時差を考慮した働き方の整備も進めています。
特に重視しているのが、創業時に策定した17項目のバリューの共有です。半期ごとの評価では、このバリューに基づいた振り返りとディスカッションを行い、多様なバックグラウンドを持つメンバーが共通の目標に向かって協力できる環境づくりを目指しています。
今後は流通・小売業界での経験者や自動化機器のソリューション提案に強い方など、さらに多様な人材の採用を進め、よりグローバルに事業展開できる組織へと発展させていきたいですね。
編集後記
従来のロボットが抱える単機能による稼働率の低さという弱点を、マルチユース機能という強みに転換した着想には感服した。さらに、10カ国以上のメンバーが参画するグローバルな組織づくりからは、世界市場を見据えた戦略の本気度が伝わってくる。小売業界の人手不足解消とDX推進に一石を投じる同社の挑戦に、大いに期待したい。

笠置泰孝/一橋大学商学部卒業後、EY新日本有限責任監査法人、ゴールドマン・サックス証券株式会社で勤務。その後株式会社ZMPにて物流ロボットCarriRoシリーズの立ち上げから量産拡販まで7年間従事。延べ国内300社以上の倉庫又は工場に導入。2022年に株式会社MUSEを創業。