デジタル化の進展や紙媒体需要の減少により、苦境に立たされる企業が多い印刷業界。しかし、こうした厳しい状況下でも、新たなビジネスチャンスを模索する動きが活発化している。
株式会社マツモトは、1932年に福岡県北九州市で創業し、時代の変化に対応した改革を続けてきた。最先端技術を導入し、九州を代表する企業として業界をリードする姿勢は多くの注目を集めている。今回は、2022年に代表取締役に就任した松本大輝氏に、これまでの経歴や今後の展望についてうかがった。
卒業アルバムを制作して90年 高品質の誇りと確かな経営基盤
ーー代表取締役就任までの経緯をお聞かせください。
松本大輝:
慶應義塾大学を卒業後、2年ほど中国へ語学留学しました。当時、弊社では上海との取引があり、高度経済成長期の中国で得た学びは非常に貴重でしたね。その後、アメリカに渡り、一般企業に就職し、2008年に家業である弊社へ入社したのです。入社後は、学生時代に経済を学んだ経験を活かし、営業や新規事業の立ち上げなどに携わり、2022年に代表取締役に就任しました。
ーー貴社の強みや事業内容を教えてください。
松本大輝:
弊社は1937年創業で、90年以上にわたり「卒業アルバム制作」を主軸に事業を展開しています。これまでに全国7,000校以上の卒業アルバムを制作し、「高品質アルバムといえばマツモト」としてブランドを確立してきました。最新のデジタル設備を備えた印刷工場は、日本でもトップクラスだと自負しています。
卒業アルバム制作の仕事は、毎年年度末に多くのご依頼をいただき、短期間で高品質の製品を仕上げる必要があります。思い出を綴り、感動を生み出すビジネスには、やりがいと面白さが詰まっています。若手社員も多く活躍しており、アルバム制作を通じて「やればできる」という成功体験をたくさん積める職場環境の整備にも力を入れています。
守りから攻めへ Web3.0が切り開く新たな可能性
ーーどのような考え方を大切にしていますか。
松本大輝:
これまでの経験や海外での生活を通じて、「現状を維持する必要はない」と強く感じています。たとえば、長く続けてきたアルバム事業も、それだけに固執する必要はありません。時代の変化にどう適応していくかが重要です。守りに徹する経営ではなく、時には攻めの姿勢で舵をとることが必要だと考えています。
ただし、中途半端に多くの事業に手を広げるのではなく、主力であるアルバム制作には「どこにも負けない」という自負を持ち続けています。
ーー代表取締役就任後、どのような取り組みをされましたか。
松本大輝:
2022年から、Web3.0とブロックチェーン技術を活用した事業に取り組んでいます。Web3.0とは、ブロックチェーン技術によって実現する「分散型インターネット」のことで、「次世代インターネット」とも呼ばれる新たな概念です。日本ではまだ馴染みが薄いですが、従来の技術と新しい技術を融合し、さらに世界の先端技術を取り入れることで、新たな価値を創出できると考えています。
これまで培ってきた高品質なモノづくりのノウハウを活かし、Web3.0事業を通じてグローバル市場への展開を進めています。2023年には「ShinoVi」というサイトで、ブロックチェーンでのアート販売を開始したところ、即日完売という成果を上げました。この取り組みは短期間で大きなインパクトを生み出しています。
次世代を見据えた人材育成とデジタル革新
ーー今後のビジョンについて教えてください。
松本大輝:
卒業アルバム事業を軸に、新商品や新技術の開発を積極的に進めていきます。Web3.0事業は無限の可能性を秘めており、弊社の既存事業と組み合わせることで、新たな形のウェブヒストリーを創出できると考えています。現在は試行錯誤の段階ですが、これが未来の主力商品に成長することを期待しています。
また、人材育成も重要な柱として取り組んでいきます。1994年の上場以来、弊社が成長を続けてこられた理由は、挑戦し続ける文化が根付いているからです。テクノロジーの進化に対応し、時代に適応するためには、経営・営業・製造・技術職、各々の声が届く風通しの良い環境を整備する必要があります。新事業や世界進出を牽引する次世代の人材育成にも全力で取り組む方針です。
近い将来、社会情勢は大きく変化していくでしょう。時代の流れを的確に捉え、面白いことに挑戦できる準備を常に整えておきます。
編集後記
長い歴史を持ちながらも、デジタル技術やSNSを積極的に活用し、時代の変化に柔軟に対応する姿勢が印象的だった。松本社長が指摘するように、少子高齢化の影響で卒業アルバム事業は厳しい局面を迎えている。しかし、これまで培ってきた技術力と老舗企業としての誇りを武器に、Web3.0を活用した新規事業に挑む株式会社マツモトの未来に注目したい。
松本大輝/1981年福岡県北九州市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、中国・アメリカ留学を経て一般企業へ就職。2008年に株式会社マツモトへ入社し、東京営業所所長、常務取締役に従事し、2022年に代表取締役に就任。