
飲食業の廃業率は、開業から3年以内で70%、5年で80%、10年では90%以上に達するとされ、経営が難しい分野だ。そんな厳しい業界で、一代で50店舗を超える成功を収め、さらなる成長を目指す企業がある。いかにして他店との差別化を果たし、人々の心をつかんできたのか。
今回は、イタリア式食堂「イルキャンティ」を生み出した株式会社エスエー・エーエスの代表取締役社長である笹間章氏に、これまでの歩みや料理人としての思い、未来への展望についてうかがった。
独学だからこそ生み出せたオリジナル料理
ーーご経歴や社長に就任するまでの経緯を教えてください。
笹間章:
高校卒業後、観光関連の専門学校へ進学し、同時にホテル業界への関心から大手ホテルの宿泊業務や飲食業務にアルバイトで従事しました。持ち前の器用さを活かし、先輩方の所作を観察しながら調理技術を自分なりに吸収した貴重な経験でした。調理師としての公式な資格こそありませんが、「見栄え」や「ボリューム感」に独自のこだわりを持ち、自分の感性で料理を考案する日々を重ねてきています。
専門学校卒業後、一度企業に入社しましたが、21歳のときに先輩2人に誘われて、共同経営のピザハウスを開業しました。その後、共同経営者たちは退社しましたが、私は独学で培ってきた技術と独自の視点を活かしてイタリア料理をベースにした新たな料理をつくり続けています。
ーーメニューを考案する際に大切にしていることはありますか?
笹間章:
お客さまが一度食べたら忘れられない味を提供することが、私の理想です。料理というものは、単にお腹を満たすだけではなく、心に残る体験であるべきだと考えています。私たちの料理は、イタリア料理をベースにしながらも、そこに日本の素材や調味料を取り入れることで、新しいオリジナルの味を追求しています。
また、料理の質を保ちつつコストも抑え、お客様がリーズナブルと感じられるように努めています。お客様が帰宅された後、ふと思い出し、「もう一度あの味が食べたい」と思っていただけるような一皿を目指しています。
ーー他店とはどのように差別化していますか?
笹間章:
料理とともにワインを楽しんでいただけるように、価格帯にも配慮しています。他店では高額になりがちなワインも、当店では日本一手ごろな価格で提供することを目指し、千円台のボトルも用意しています。
特に、ハウスワインにはこだわりを持ち、「ハウスワインこそ美味しいもの」をモットーに、良質でリーズナブルなワインを提供しています。こうしたこだわりを通じて、年齢や経験を問わず幅広いお客様に楽しんでいただける店作りを心掛けています。
料理人不足を見据えた店舗運営の工夫

ーー貴社の現在の事業規模を教えてください。
笹間章:
当店は52年前スタートし、現在では直営店が16店舗、フランチャイズやコンサルティング店舗を合わせて52店舗にまで成長しました。フランチャイズやコンサルティング店の募集は行っておらず、基本的には口コミなど自然な広がりで成長を続けています。あえて積極的な出店は控え、私自身が品質をコントロールできる範囲で事業展開することを大切にしています。
ーー一代で50店舗以上にまで拡大できた理由はどこにあるのですか?
笹間章:
お客様に支持される料理を提供し続けるために、プロフェッショナルな技術に頼らずとも均一なクオリティを保てる料理の開発に注力しています。
開業した当初から、将来的な料理人不足を予測し、プロフェッショナルな調理技術に依存しないメニューづくりを意識してきました。どの店舗でもスムーズに調理でき、かつ素材の質感やビジュアルを保ちつつ味も損なわないように研究を重ねた結果、現在のような安定した成長を実現できたと考えています。
4つの重点目標に挑む新たな成長戦略
ーー現在力を入れていることや今後の展望をお聞かせください。
笹間章:
現在は、4つの重点目標に取り組んでいます。新商品開発、人材戦略、オンラインショップの強化、そしてホテル業界との連携です。まず、新商品の開発では、私自身が「料理のデザイナー」として常に新メニューの開発に携わり、お客様により一層ご満足いただける商品の提供を目指しています。
2つ目の人材戦略では、若年層の人口減少という課題に対応するため、新卒採用と育成に注力しています。経験の有無にかかわらず、熱意のある人材を一から丁寧に育てる「急がば回れ」の姿勢で取り組んでいます。また、日本語学校へ直接足を運び、外国人スタッフの採用も積極的に進めています。
3つ目はオンラインショップの強化です。お客様の要望から始まったドレッシングの販売ですが、現在は無菌状態で長期保存が可能な技術を活用し、都内13カ所に自動販売機を設置しています。
スープスパゲッティなどの冷凍食品も開発し、コロナ禍の需要を捉えたことで、今では1店舗分以上の売上を上げるまでに成長しました。今後はさらに冷凍食品のラインナップを拡充し、イルキャンティのオリジナル料理を日本全国に届けていきたいと考えています。
最後に、15年来の取り組みであるホテル業界との連携も推進しています。三井ガーデンホテルやダイワロイネットホテル、リソルホールディングスなどで専属サービスを提供し、モーニングからディナーまでイルキャンティならではの料理を楽しんでいただくことで、新たな顧客層の開拓も実現しています。
編集後記
1970年代初頭、イタリア料理やワインがまだポピュラーではなかった時代に、「オリジナルなイタリアン」を提供することで、食通たちの心をとらえてきた「イルキャンティ」。
実直なまでにお客様の心に寄り添い、オリジナリティを追求する笹間社長の姿勢から、50年以上にわたり、「イルキャンティ」が人々を惹きつけてきた理由がうかがえる。独自の味を一人でも多くのお客様へ提供していくため、さらなる飛躍を目指し挑戦を続ける株式会社エスエー・エーエス。その歩みに今後も注目したい。

笹間章/1951年、東京都港区生まれ。専門学校卒業後、株式会社はとバスに入社するが、さまざまな出会いの中、1972年に渋谷区笹塚にイタリア式食堂「イルキャンティ」をOPEN。1995年に株式会社エスエー・エーエスを設立。「どうすれば、より一層お客様が食事を楽しむシーンを演出できるか。そうするためには、どのような空間が必要で、どんな種類の料理やワインを提供したらよいのか」を追求してきた。毎年必ずイタリアを訪れ、現地のワインや食材を自らの舌と目で見極め、仕入れている。