長年にわたり国土の保全や地域経済の発展に貢献してきた日本の木材産業だが、昨今は木材価格の低迷や後継者不足、国際競争の激化など、多くの課題に直面している。特に、中小規模の木材会社にとっては、大手企業との競争や市場環境の変化に対応することが急務である。
そんな厳しい状況の中、100年の歴史を持つ老舗木材会社の一條木材株式会社で、革新的なアプローチを試みる同社の次期社長、一條盛顯氏にその取り組みや、木材業界の可能性についてお話を聞いた。
キャリアスタートは高校時代。木育事業で育んだビジネススキル
ーーこれまでのご経歴を教えてください。
一條盛顯:
私が将来的に家業である一條木材株式会社を継ぐことを考え始めたのは中学生のころでしたが、はっきりと意識したのは高校時代です。もともと、木育(木や森と触れ合いながら、心を豊かに育てる教育のこと)に強い関心があり、2016年に弊社が木育活動に参入したときに、現社長の父から木材の端材を活用したワークショップの企画・運営を任せてもらったことが契機となりました。
商品の価格設定から販売まですべて自分で手がけ、次回への改善点を常に考えながら運営していくことは、自身にとって大きな学びの機会であり、ビジネスのスタートラインでした。当時はSDGs(持続可能な社会を実現するための17の国際目標)という概念も一般的ではない時代でしたが、結果として時代の先を行く取り組みをしていたことになりますね。
また、コロナ禍の影響で対面授業が制限されていた大学4年時に、新たな取り組みとしてSNSでの情報発信を始めました。木材業界は保守的な傾向があり、若手経営者も多くはありません。そんな中で、インスタグラムを通じた日々の投稿が反響を呼んだのです。化粧品メーカーや教育機関との連携など、異業種とのコラボレーションの機会が生まれ、グローバルなネットワーク構築につながりました。
大学卒業後は修業として伊藤忠商事の海外拠点である伊藤忠カナダでお世話になりました。バンクーバーの木材産業の現場で、日本からのお客様のアテンドや現地サプライヤーとの価格交渉、丸太や木材の検品、工場でのカットアテンドなどを担当しながら北米ビジネスを学びました。現在はニューヨークを拠点に一條木材の新規事業と社内マネジメントを担当しています。
私は現在25歳ですが、高校生の頃から約8年携わっている木育ビジネスの経験がある分、一般的な同世代よりも多くの実績を持っています。さらに、ニューヨーク在住ということで、既存の概念にとらわれない柔軟な発想や、グローバルな視点から日本のビジネスを客観的に見られることが大きな強みとなっています。
業界初!木材会社が銀座で運営する北米スタイルカフェ
ーー新規事業として手がけているカフェ事業について詳しくお聞かせください。
一條盛顯:
大学4年生の頃にプロジェクトを立ち上げ、銀座にカフェ「NORTHERNWOOD GINZA(ノーザンウット銀座)」をオープンしました。
事業背景には二つの重要な観点があります。一つは、木材業界の「玄関口」となる場所をつくりたいという思いです。従来のBtoB中心のビジネスモデルから一歩踏み出し、一般の方々と直接触れ合える場所を作りたいと考えました。若者層が木材業界に興味を持ってもらえるよう、私達にしかできない空間デザインや、提供するコーヒーの品質にもこだわっています。
もう一つは、木育活動の経験です。木育は主に幼児から小学生が対象でしたが、カフェであれば中学生から高齢者まで幅広い層にアプローチできます。また、性別や国籍を問わず、誰もが気軽に立ち寄れる場所としての機能にも期待していました。銀座という場所は最先端の流行と古くからの伝統が交わる中心地です。そのため外国人の利用客も多く、将来的なインバウンド戦略につながる可能性も秘めています。
結果的に、カフェを介して木材業界外のコネクションが生まれ、新しいビジネスの可能性が広がりました。今後も業界の常識に捉われない、革新的な取り組みを続けることで、木材業界全体の活性化にも貢献できればと考えています。
厳しい状況だからこそチャンスが生まれる。時代に即したブランド戦略
ーー今後の展望についてはどのようにお考えですか。
一條盛顯:
「木材業界といえば一條」と思っていただけるように、ブランディングに注力したいと考えています。弊社の主軸は木材の輸入販売事業ですが、大手企業が直接取引を行うようになり、中小企業の問屋にとって現在の市場環境は非常に厳しくなっています。
そんな中、私たちは、今だからこそ新しい可能性があると考え、あえて業界の常識とは「真逆」である木材会社としての道を選んでいます。特に重要なのは、木材業界の認知度向上です。100人に1人でも業界に興味を持っていただければ、それは大きな一歩になります。カフェ事業やSNSでの情報発信は、ブランディングにも効果的で、重要な架け橋となるでしょう。
ただ、私たちの活動は必ずしも木材だけにこだわる必要はないと考えています。メディアや一般の方々との接点を増やしながら、木材業界の魅力を広く伝え、業界全体の可視性を高めていきたいと思っています。
編集後記
一條氏は、伝統産業が直面する課題に対し、新しい解決策を提示している。従来の常識にとらわれない革新的なアプローチで活路を見出そうとする姿勢は、同様の課題を抱える多くの伝統産業にとって、大きな指針となるのではないか。
特に印象的だったのは、自分が業界を変えていくという強い覚悟である。デジタルツールや異業種との協働を積極的に取り入れ、新たなビジネスモデルを構築する柔軟な発想と実行力は木材業界に新たな風を吹き込んでいる。今後も、伝統と革新のバランスを取りながら、業界の未来を切り開いていく一條氏の活動に、さらなる注目が集まることだろう。
一條盛顯/東京都出身。アメリカ・ニューヨーク在住。法政大学第二中・高等学校から法政大学に進学し、在学中に業界初の銀座カフェ事業「NORTHERNWOOD GINZA」を設立。2021年に伊藤忠商事株式会社の海外拠点である伊藤忠カナダ会社に入社し、北米ビジネスを経験。現在はニューヨークと東京を拠点に一條木材株式会社で新規事業と社内マネジメントを統括。古き良き伝統を尊重し、業界の未来を切り開くイノベーションを推進中。