
文具は私たちの生活に寄り添い続けてきた縁の下の力持ちだ。仕事、勉強、趣味、日々の暮らしなど、さまざまな場面で私たちの創造性や生産性を支えている。広島県を中心に文具店を展開する株式会社多山文具は、パンの販売事業に挑戦し、顧客の暮らしに新しい価値を提案する存在へ、役割を大きく変えようとしている。
伝統ある企業文化を守りながら新規事業に挑戦する同社代表取締役の多山拓郎氏に、その背景と、従業員主体の組織づくりへの思いをうかがった。
海外で写真を学び、家業の文具店を継承
ーー大学入学から、現在までの経歴を教えてください。
多山拓郎:
高校1年生のときに、父とアメリカの展示会に行き、海外の文化に興味を持ったことがきっかけでカリフォルニアの大学に進みました。コンピューターグラフィックと写真を専攻し、平面アートのカテゴリで卒業しました。
日本に帰国後、父の勧めで、弊社と東京の会社が共同出資して設立した広島の会社に入社しました。その1年後、弊社の店舗内に写真館を設ける話が持ち上がり、大学で写真を勉強していた私に声がかかり、2004年に正式に弊社に加わったのです。
ーー貴社の事業内容をお聞かせください。
多山拓郎:
弊社では、法人向けには、オフィスで必要なコピー用紙から、コピー機、パソコン、デジタル複合機まで販売を行い、一般顧客向けには広島県と香川県にある5店舗で文具の販売を行っています。基幹店である広島市の商店街の店舗は、かつて1つのビル全体が文具売り場でしたが、現在は「本通ヒルズ」として隣の陶器店と共同で建て替え、3階フロアの半分を売り場として使用しています。
スペースが300坪から58坪に縮小したことで取捨選択が大変でしたが、「ここに行けば何でもそろう」というお客様の期待に応える店舗づくりを心がけています。そのほかの4店舗はショッピングセンター内にあり、それぞれの地域のお客様のニーズに合わせた品揃えを提供しています。
また、オンライン販売にも力を入れています。もともとは、既存の社員のみで行なっていましたが、最近では専任スタッフを採用し、ネット販売の拡大に注力していきたいと考えています。さらに、広島県や香川県にちなんだ弊社オリジナル商品を15〜20種類製造・販売しており、地域の魅力を活かした商品づくりを大切にしています。

地域密着型文具店の多角的事業展開
ーー就任後に心がけたことや、新しく取り組んだことについて教えてください。
多山拓郎:
社長に就任した当初、長く勤める社員や私より年上の社員も多く在籍していたため、大きな変革で社内の和を乱さないよう、円滑に進めることを重視してきました。
一方で、私たちの事業は、店舗や法人問わず、ものを仕入れお客様に届けることですが、「自分たちでつくった商品を自らの店舗で販売し、小売の枠を広げたい」という思いが5、6年前からありました。パンを選んだことに、「なぜパンなの?」と驚かれることもありますが、私たちにできることを模索した結果、パンに行き着いたのです。
普段から文具の取引がある「餃子屋 龍」の餃子餡や「ますやみそ」の白味噌など、地元企業の商品を使ったパンも販売しています。現時点では1店舗のみでの販売ですが、事業が順調に進めば店舗数を増やしたり、文具の小売店と連携したりと、さまざまな展開が見込めると考えています。元の業種に関係なく、1つのパン店として、地域に愛される存在を目指していきたいですね。
提案型ビジネスへのシフトチェンジ

ーー現在、注力していることを教えてください。
多山拓郎:
頑張っている社員を正しく評価するために、人事や評価制度に力を入れています。ベースは整っていますが、まだ不十分な部分があるため、さらにブラッシュアップしていく必要があります。私が何を基準に判断しているのかを明確化することで、社員に具体的な頑張り方を示したいと考えています。
また、お客様が必要なものを届けることが中心となっている現状を見直し、提案型の姿勢へと切り替えたいと考えています。たとえば、お客様から「これが欲しい」と言われたものを用意するだけでなく、私たちから「現在、こういう良い商品があります」と提案し、「欲しい」と感じてもらえるようなアプローチをしていきたいです。そのためには、メーカーとの関係をこれまで以上に深め、お力添えをいただく必要があります。
さらに、弊社は海外展開も行なっており、弊社オリジナルの商品を海外の販売店に卸しています。現在の売上規模はまだ小さいですが、まずは海外でも私たちの存在を知ってもらうために、直接現地に出向いたり、SNSを活用するなど、ECサイトに誘導するための魅力の発信を進めていきたいと考えています。
ーー今後はどういう組織をつくっていきますか。
多山拓郎:
社員が新しい企画や事業を提案し、本社がその実現をサポートできるような組織を目指しています。もちろん失敗もあると思いますが、失敗を細かく指摘することで意欲を削ぐのではなく、ともにサポートして次の成功につなげることが大切だと考えています。
私たちは、お客様がいて成り立つ仕事なので、お客様のためにできることを一生懸命行うことに尽きます。大変なこともありますが、成功したときの喜びを共有できる方と一緒に仕事をしたいと思っています。
編集後記
創業以来、文具の販売を通じて地域に根差してきた株式会社多山文具。その代表取締役である多山拓郎氏が目指すのは、単なる商品提供を超えた新しい価値の創造だ。文具でも、パンでも、受け身でなく積極的に相手に向かう姿勢が印象に残る。私たちは、気づいていても言葉にできない日常の悩みを数多く抱えている。そんなとき、株式会社多山文具を頼ると、暮らしを彩るヒントや提案に出会えるかもしれない。

多山拓郎/1979年広島県生まれ。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校卒業。2003年にCassina Ixc.広島に入社しインテリア家具や生活雑貨の販売に従事。2004年に有限会社多山文具(現・株式会社)へ入社。2012年に同社代表取締役社長に就任。地元商店街の理事や地域経済の活動にも注力している。