※本ページ内の情報は2025年2月時点のものです。

1917年の創業以来、着物業界の常識を覆し続けてきた着物専門店として知られる株式会社やまと。チェーンストア方式の導入に始まり、今や海外進出まで果たした同社は、伝統と革新のバランスを絶妙に保ちながら、着物の新たな可能性を追求している。

「KIMONO DREAM MAKERS」というタグラインには、「きものでエキサイティングな世の中をつくる」というビジョンへの想いが込められている。産地の技術を活かした新商品開発やパリでの店舗展開など、多角的なアプローチで着物の魅力を世界に発信する同社の代表取締役社長、矢嶋孝行氏に話をうかがった。

消防士からホテルマンを経て、着物業界へ

ーー着物業界に入るまでの経緯を教えてください。

矢嶋孝行:
高校卒業後は消防士として働いていました。次にホテル業界に転職し、沖縄のホテルに勤務しました。やまとに入社したのは、2013年のことです。入社後は店舗で1年間経験を積み、その後は主に新規事業開発の役員を務めました。現在の社長職には2019年から就いています。

消防士もホテルマンも、自分がやりたいと思って選びました。どの仕事も、人々の生活や安全、快適さに直結する仕事です。そういった経験が、今の着物業にも生きていると感じます。相手のことを第一に考え、より良いサービスを提供するという点では共通していますからね。

ーー貴社の歴史についてお聞かせください。

矢嶋孝行:
やまとは、私の曽祖父が1917年に創業し、1947年に株式会社化しました。特筆すべきは、私の祖父が戦後アメリカに渡り、きもの業界ではまだなかったチェーンストアの概念を取り入れたことです。株式会社となった当時、東京と地方で売られているものに大きな違いがある状況でした。そのような中、私の祖父は「日本全国に良い品質のものを同じ価格で届けたい」という思いを持っていました。

当時から変わらず社内には「きものを一部の特権階級のものだけにすべきではない」という考え方があります。高価な着物もありますが、多くの人に着物を楽しんでもらいたい。100万円のきものを一人にではなく、10万円の着物を10人に買ってもらうことの方が未来に繋がると思っているのです。

機能と情緒の調和、現代に息づく新しい着物の形

ーー貴社の事業内容について教えてください。

矢嶋孝行:
弊社は、着物を中心とした和装品の製造・販売を行っています。しかし、伝統的な着物だけをつくっている訳ではありません。「KIMONO DREAM MAKERS」というタグラインを掲げ、着物の新しい可能性を追求しています。

複数のブランドを展開しており、各ブランドで異なるコンセプトや価格帯の商品を提供することで、幅広い顧客層のニーズに応えています。たとえば、木綿やポリエステルなどのカジュアルな素材の着物から、フォーマルな席でも着ていただける華やかな訪問着や振袖まで、ブランドのコンセプトに合わせたラインナップにしています。また、着物だけでなく、オリジナルの帯や和装小物なども製作し、豊富に取り扱っています。

さらに、着物を所有していなくても楽しみたいというニーズに応えるため、振袖や訪問着のレンタルサービスを展開しています。

ーーものづくりにおいて、どのようなことを重視していますか?

矢嶋孝行:
オリジナルのものづくりでは、産地ごとの技術をしっかり理解し、異なる技術を掛け合わせて新しい商品をつくることを大切にしています。ある産地の染色技術と別の産地の織り技術を組み合わせることで、今までにない独創的な着物ができるのです。

また、機能的価値と情緒的価値の両立も重視していますね。軽くて着やすい着物やお手入れが簡単な素材など、現代のライフスタイルを考慮しつつ、着る人の気持ちを高めるような美しいデザインや色彩にもこだわっています。

さらに、サステナビリティにも注目し、環境に配慮した素材や製法を用いた商品開発にも注力。リサイクル素材を使用したり、伝統的な染色技法を現代的にアレンジしたりして、環境への配慮と新しい価値の提供に努めています。

チャレンジ精神が導く新しい文化

ーー海外にも展開されていますね。

矢嶋孝行:
2023年10月フランス法人を立ち上げ、24年1月からパリにポップアップストアをオープンしました。当初は半年間の予定でしたが、予想以上に良い環境だったので、延長して1年間続けることにしたのです。パリでの反響は非常に良好で、街に溶け込み愛されるお店になれる手応えを感じています。2025年の春ごろには、ポップアップストアではなく正式な店舗をオープンできるように取り組んでいきたいですね。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

矢嶋孝行:
弊社では、社員の声を大切にしています。実際に新しい取り組みの多くが、社員のアイデアから生まれています。私はむしろ、社員たちが新しいアイデアを出せるように、きっかけを与える役割を担っています。そうすることで、社員一人ひとりが主体的に考え、行動する組織文化が生まれるのです。

「チャレンジすることは特別なことではない」と私は考えています。もちろん、挑戦には不安や恐れもありますが、それを深刻に捉える必要はありません。読者の皆さんには、自分の可能性を信じ、前向きにチャレンジしてほしいと思います。そして、自分の思いを率直に表現できる環境を探してみてください。新しい文化や価値は、きっとそこから生まれるのだと思っています。

編集後記

着物に新しい魅力を感じるインタビューとなった。矢嶋社長の描く未来は、着物をもっと自由に、もっとカジュアルに楽しめる世界だ。創業当時から、着物を広く、“着るもの”として発展させていきたいという信念が受け継がれていると感じた。さらに、社員の声を大切にする姿勢は、まさに理想的な職場の形だ。着物が世界中でワクワクするファッションアイテムになる日を、今からとても楽しみにしている。

矢嶋孝行/1982年、東京生まれ。高校卒業後、東京消防庁、沖縄のザ・テラスホテルズ株式会社での勤務を経て2013年に株式会社やまとに入社。事業創造本部長として「Y. & SONS」「THE YARD」など新業態の立ち上げとブランディングを手掛けたほか、有志社員との全社的な未来創造プロジェクトを主導。2019年より代表取締役社長に就任。2023年にはフランス法人を設立し、グローバルな視点できものをアップデートしている。