
明治時代から続く老舗毛織メーカー・渡嘉毛織株式会社。同社は、伝統の技術を基盤にしながらも時代の変化に柔軟に対応し、特に高齢者向けの尿漏れ対策商品の開発に力を注いでいる。「外出する喜びをもう一度感じてほしい」という強い思いで挑戦を続ける4代目代表取締役の渡辺英敏社長に、これまでの歩みや会社の強み、そして今後の展望を聞いた。
父の急逝で家業を継ぐ。家業と向き合うことで自覚した喜びと責任感

ーー渡辺社長の経歴についてお聞かせください。
渡辺英敏:
私が渡嘉毛織に入社することになったのは、まだ大学生のころでした。当時、関西大学の工学部に通っていましたが、突然父が亡くなってしまい、私も会社に加わらざるを得なくなったのです。
母と二人三脚で会社を切り盛りする毎日でしたが、一方で大学を卒業しないと父への顔向けができないとも思い、授業に通いながら工場の作業や営業を覚えました。
当時の私には「継ぐ」という選択肢しかありませんでしたが、次第に家業への誇りと責任感が芽生え、4代目としてしっかり舵を取っていこうという気持ちが強くなりました。あの頃は必死でしたが、社員と共に一つひとつの仕事を積み重ね、ものづくりの喜びや責任感を学んだからこそ、今の私があると感じています。

ーー社長にとって印象に残っているエピソードを教えてください。
渡辺英敏:
最も印象的だったのは「尿もれ対応商品」の開発です。もともと弊社は赤ちゃん向けの布製品を作っていたのですが、高齢のお客様が「尿もれが気になって、外出するのが怖い」という悩みを抱えていることを知り、高齢者向けの製品開発に取り掛かったのです。
最初は赤ちゃん用の製品をそのまま高齢者向けに展開しようと考えましたが、体型や症状が人によって大きく違うため、うまくいきませんでした。吸水量や肌触り、履き心地の良さを追求して、試行錯誤を繰り返し、ようやくお客様に喜んでいただける商品が完成したのです。
そのかいがあって、「この製品のおかげで旅行に行けるようになった」「外出できるようになった」など、嬉しい声を多くいただきました。特に心に残っているのが、高齢者施設に入る方から「これがないと困るので、まとめて買わせてほしい」と言われたことです。私たちが作った商品が、誰かの生活の一部になっていると感じた瞬間でした。
お客様にさらに近い存在になるため、BtoCへの切り替えに挑戦

ーー社長になってから、どのような改革に取り組んだのでしょうか?
渡辺英敏:
私が取り組んだ最大の改革は、BtoCビジネスへの転換です。それまでは問屋や卸業者を通じた販売が中心でしたが、お客様に近いビジネスをしたいという思いとともに、コスト面の対策も考えた結果、BtoCへの販路を拡大することにしました。
2年前には自社ECサイトを立ち上げ、ネット販売を本格的にスタートしました。ただ、高齢のお客様でも買いやすいように、電話での注文や相談も行っています。電話口でいただいたご意見やお悩みは社内で共有し、商品改善に役立てています。
また、社員には「お客様の声を大切にしよう」と常に伝えています。毎週行うミーティングでは、お客様からのフィードバックを共有し、どうすればもっと喜んでいただけるのかを皆で考えています。こうした取り組みの結果、徐々に製品へのリピーターも増え、商品力の向上と売上の安定化が進んでいます。
社内一貫体制を強みに布製品ならではの魅力を届ける

ーー貴社の強みを教えてください。
渡辺英敏:
渡嘉毛織の強みは、社内に蓄積された技術力による柔軟性にあります。裁断、縫製、刺繍まで一貫して自社での対応が可能で、オーダーメイド品にも対応できるポテンシャルがあります。
また、布製品ならではの快適さや安全性も、私たちの大きな武器です。紙製品はポリマーを使うため、どうしても体を冷やしがちですが、布であればその心配がありません。布だからこそ実現できる快適さを高齢者の方に届け、健康面のケアに貢献できればと思います。
さらに、布製品は機能性だけでなく「履いていて安心感がある」「日常に戻れる」という点もポイントです。紙おむつを使い始めるとき、どうしても抵抗感を感じる方は多いと思いますが、布製品であれば、その抵抗感を低減できます。このように、お客様の心境に合わせたきめ細やかな商品開発こそが私たちの強みです。
高齢者が元気に日常を過ごせる未来を実現するために

ーー今後の課題と目指すビジョンについてお聞かせください。
渡辺英敏:
今の課題は、高齢者層への商品認知の拡大です。動画やSNSの活用を進めることで、カタログや文章だけでは伝わりきらない商品の良さを積極的に発信していくつもりです。製品の使い方や魅力を目で見て理解してもらうことで、もっと多くの方に手に取っていただきたいと思います。
また、販路においてはBtoCの比率を100%に近づけ、お客様の声を起点にした商品開発を続けることを目標にしています。健康や睡眠といった分野にも挑戦し、高齢者が元気に日常を過ごせる製品を届けていきます。困っている方の悩みを解決し、生活を豊かにする。それが渡嘉毛織の使命です。

編集後記
渡嘉毛織の製品は、何よりも高齢者の生活を第一に考えて作られてきた。そして、オーダーメイド品への意欲を見せていることからも分かるように、お客様と双方向のコミュニケーションをとりつつ「生活を支えていく」という強い使命感が感じられる。今後、渡嘉毛織の進化とともに、高齢者が「外出の喜び」を取り戻し、笑顔で過ごせる未来が広がっていくことだろう。

渡辺英敏/1960年大阪府生まれ。関西大学工学部卒業後、渡嘉毛織株式会社に入社。専務取締役を経て代表取締役に就任。日本毛布工業組合理事、忠岡町商工会理事、泉大津警察署協議会委員を務める。