※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

日本で120万人、世界では6,500万人以上もの患者がいるといわれる心不全。この病気を根本から治すには、これまで心臓移植しか手段がなかった。そんな中、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用い、心臓の筋肉である心筋の再生医療の実用化に向けて研究開発を続けているのが、Heartseed株式会社だ。

同社の技術がもたらす医療業界の革命や、あらゆる病気の治療法の開発を目指す思いなどについて、代表取締役社長(CEO)の福田恵一氏にうかがった。

新たな治療法を開拓するため、医師から研究者の道へ

ーーはじめに心臓の研究を始めたきっかけについてお聞かせください。

福田恵一:
私は医学部を卒業後、大学病院で循環器内科医として勤務していました。20代後半の頃、私と同年代の拡張型心筋症(※1)の患者さんを担当したのですが、当時は有効な治療法がなく、医師でありながら病気を治せず悔しい思いをしました。

この経験から、同じように心臓の病気で苦しむ人々を救いたいと思い、研究の道に進むことを決意。国立がんセンターで遺伝子研究をした後、ハーバード大学とミシガン大学に留学したのです。

1995年からは心臓の筋肉である心筋をつくる研究を本格的に始めました。心不全は心筋細胞が壊死することで心臓が収縮する力が弱くなり、ポンプとしての機能が落ちてしまう病気です。トレーニングなどで増やせる骨格筋とは違い、一度壊死した心筋は再生できません。

研究を進めて幹細胞から心筋細胞に分化させて移植する方法にたどり着き、1999年に世界で初めて骨髄間葉系幹細胞から心筋をつくることに成功しました。

(※1)拡張型心筋症:心臓の筋肉の収縮力が低下し、左心室が拡張する病気のこと。

ーーそこから起業に至った経緯をお聞かせください。

福田恵一:
スイスの製薬会社で講演した際、「あなたの研究は患者にとって大きな恩恵となる。実用化のために会社を立ち上げるべきだ」と言われたことがきっかけです。その言葉が後押しとなり、2015年にHeartseed株式会社を設立しました。

心臓移植をせずに心不全を治す画期的な治療法を確立

ーー改めて貴社の事業内容について教えてください。

福田恵一:
弊社はiPS細胞を使い、心筋のひとつである心室筋の作製を行っています。前述した骨髄細胞は一度につくれる量が少なかったため、ヒトES細胞に切り替えました。それから2006年に山中伸弥教授が発表されたiPS細胞に着目し、今に至ります。

心不全の患者さんの場合、足りなくなった心筋細胞を移植しなければなりません。その際はまず目的以外の細胞を取り除き、高純度の心筋細胞を作製します。それから移植効率を高めるために、1,000個ほどの心筋細胞の塊(心筋球)をつくり、患者さんの心臓に移植するのです。私たちはこれを心臓の種=Heart Seedと呼んでいます。

こうして心筋細胞を移植し、患者さん自身の残りの心筋と一体となることで、心臓の動きを改善させます。心筋細胞の移植は非常に技術的ハードルが高く、弊社が世界で初めて臨床治験へと進むことに成功しました。これまで心臓移植しか手段がなかった心不全治療に対し、有効な治療方法になりうると世界から期待いただいています。

ーー従来の治療法と比べてどのような違いがあるのでしょうか。

福田恵一:
現在の心不全の治療は、風邪薬のように症状を軽減する対症療法が一般的です。一方、心筋細胞移植は、インフルエンザ治療薬のように原因そのものを治せるという違いがあります。

対症療法の場合、病気を完全に治すものではないため、激しい運動を控えなければなりません。しかし、心筋細胞の移植が成功し、心臓の動きが改善するようになれば、日常生活を自由に楽しめるようになります。

研究でも経営でも大切なのは新たな道を開拓すること

ーー現在行われている取り組みについて教えてください。

福田恵一:
大手製薬会社ノボ ノルディスクと全世界での技術提携・ライセンス契約を結び、共同開発を行っています。まず弊社が国内でリードパイプラインであるHS-001(開胸下で心筋細胞を移植)の治験を行い、海外は次期パイプラインHS-005(カテーテルを通じて心筋細胞を移植)において、ノボ ノルディスクが治験・製造・販売を進めていきます。

同社は、世界168カ国への販路を有しているほか、各国における薬事承認取得や販売戦略などのノウハウが確立されており、この提携を最大限活かして、グローバル市場でトップシェアの獲得を狙っていきます。

前述の次期パイプラインであるHS-005は、カテーテルを使った治療法です。細い管を血管を通じて心臓に到達させ、心臓の内側から細胞を移植する方法です。開胸せずに施術できるため、患者さんの身体への負担が少なくなるのがメリットです。カテーテルを使った治験は、来年以降に着手できるよう準備を進めています。

ーー経営や研究をする上で大切にしていることをお聞かせいただけますか。

福田恵一:
人の真似をするのではなく、ゼロから新しいものをつくり上げることに価値があると私は考えています。これまで医局員や社員たちには「ゲレンデでスキーをするな」と伝えてきました。ゲレンデは斜面が整備されているため転倒するリスクが少なく、楽に滑れます。しかし、すでに他の人が滑った跡がついているので、自分が滑った形跡は残りません。

一方で整備されていない雪山を滑る場合、障害物が多く危険が伴います。しかし、誰も通っていない新雪の上を滑れば、自分が通った跡がはっきりと残りますよね。

これはサイエンスだけなくビジネスも同様で、誰も取り組んでいない領域にチャレンジすることが大切だと考えているのです。未開の地を切り拓くのは大変なことですが、努力は必ずその人の功績になります。

バイオベンチャーで働く魅力。治療法が確立していないすべての病気を治したい

ーーバイオベンチャー企業で働くことでどのようなメリットがありますか。

福田恵一:
ベンチャー企業で働くからこそ得られるメリットとして、研究に携われることが挙げられます。これまで治療の研究をする場合、大手の製薬会社へ就職するのが王道のルートでした。しかし、最近では各社が研究開発を縮小しているため、就職しても研究に携われない可能性が高いのです。そのため、研究に携わりたい方にとって、弊社のようなバイオベンチャーは魅力的な選択肢になると思いますね。

ーー最後に今後の展望についてお聞かせいただけますか。

福田恵一:
私は「日本のアムジェン(※2)になる」という展望を掲げています。米国では革新的な研究開発により、20年ほどで世界のトップ企業へと成長した会社がいくつもあります。しかし、日本の製薬企業は未だに世界のトップ10に入れていません。

革新的な治療法の開発を通じて、世界の医療に貢献する企業を目指します。そのためにさまざまな領域で新たな治療法を開発するのが、私たちの最終的な目標です。会社が競争力をもっていくためにも、現在保有しているメインパイプラインの育成に加えて、次世代の技術についても都度検討しております。

現在は心不全の治療に注力していますが、治療法が確立されていない疾患は数多くあります。先の見えないトンネルの中にいる患者さんたちにとって希望の光になれるよう、これからも研究開発を続ける所存です。

(※2)アムジェンInc:米国ロサンゼルスに本社を置く世界最大の独立バイオテクノロジー企業。

編集後記

自分と同年代の心臓病を抱える患者さんを救えなかった悔しさから、研究の道へ進んだという福田社長。世界初の治療法の開発に成功したのは、この「病気で苦しむ人を救いたい」という強い思いがあったからだと感じた。Heartseed株式会社はこれから数々の治療法を編み出し、多くの人々の命を救うことだろう。

福田恵一/慶應義塾大学医学部を卒業後、心不全の新しい治療法を開発するため、ハーバード大学とミシガン大学で研鑽を積む。1999年に世界で初めて骨髄間葉系幹細胞から心筋細胞の作製に成功、その後、ヒトES細胞やiPS細胞へと対象を変えて心筋細胞の分化誘導技術を確立。実用化に向けて多くの新技術を開発し、特許化してきた。2015年にHeartseed株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2024年に東京証券取引所グロース市場に上場し、企業経営者として心筋再生医療の実現に向けて邁進している。