※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

文具業界では、ここ数十年でニーズの変化に伴い、多くの課題が浮き彫りとなっている。特に物流改善は、重要なテーマでありながら、物流部門が必ずしも人気のある部署ではないため、人材確保の困難さが改善の妨げとなっているのが現状だ。

こうした状況に直面し、物流業界を歩んできた経験を持つコクヨサプライロジスティクス株式会社の代表取締役社長、若林智樹氏は、課題の解決に向けた挑戦を続けている。今回は、コクヨの物流が抱える問題点と、それを乗り越えるためのビジョンについてお話をうかがった。

物流の変革期に最前線で活躍した若手時代

ーーコクヨに入社し、物流に携わることになった経緯をお聞かせください。

若林智樹:
出身は工学部機械工学科で、同じ学科の多くの卒業生が自動車や電機メーカーの技術職を志していました。しかし、競争の激しいレッドオーシャンでは自分の強みを発揮できないのではないかと感じ、新しい挑戦ができるブルーオーシャンを目指し、コクヨへの入社を決めたのです。

新入社員の配属が決まり、技術職ではなく物流管理の企画課への辞令を受けたときには、大変驚いたことを覚えています。ただ、物流改革を牽引する上司との出会いは、自分にとって大きな転機となりました。多くの課題を抱える中、上司は私を最初から一人前として扱い、多様な経験を積ませてくれました。それが、成長の原動力になったと感じています。

ーー当時の経験で特に印象に残っていることはありますか?

若林智樹:
30歳を迎える直前、文具流通業界に大きな変化が訪れ、新たなプロジェクトに取り組む機会を得ました。当時、文具店の減少と需要縮小で、コクヨ系列の卸業は経営悪化に直面。これを受け、メーカー物流と卸物流を統合する構想が浮上し、私も関連するプロジェクトに参加する機会に恵まれたのです。

そのプロジェクトが一段落した頃、コクヨで通販事業を立ち上げる構想が密かに進んでおりました。当時、競合他社が新サービスを展開し、コクヨの牙城を脅かす動きが顕在化していたのです。これを機に、これまで慎重だった通販事業をコクヨは本格的に始動させることとなります。その立ち上げメンバーに私は呼ばれ、突貫で全国通販物流網を築き上げ、その10年後には通販物流部門の責任者を任されました。

物流イメージ向上への熱意と行動

ーーこれまで力を入れてきた取り組みは何ですか?

若林智樹:
最近は、自身や自社という枠に留まらず、物流イメージ向上の一助となる活動に取り組んでいます。業界で働く中で、新入社員が物流部門を希望しないことが端的に示すように、物流の仕事に対するイメージが必ずしも良くないことに悔しさを感じていました。そこで、物流の良さをもっと知ってもらい、イメージを向上させたいという強い思いを持つようになったのです。

そのための具体的な活動を始めるにあたり、社内だけでは賛同者を集めにくいと考え、社外で活動することも始めました。たとえば、関東の流通系大学に足を運んで、学生向けに「物流職と通販」をテーマに、私自身の入社後の物流職の経験について話をしています。

他にも他社連携に力点をおいた自社の取り組みは、特に物流分野で働く方々から多くの共感を得ることができました。具体的な成果の例として、アスクル株式会社との同一納品先への輸送の共同化によりトラック台数とCO₂排出量の削減を実現したり、花王ロジスティクス株式会社と合同研修を行い、両社の倉庫見学や意見交換の場を設けることで、それぞれの業務プロセスや効率化への取り組みを学ぶ機会をつくっています。

ーー社長就任の経緯を教えてください。

若林智樹:
「カウネット(コクヨの連結子会社の通販サービス)」の成長の一方で、コクヨグループとして文具卸事業の位置付けが課題となっておりました。商流に加え物流の在り方を改革する必要があり、今から5年程前にそのプロジェクトに関わり、自分の考えを率直に伝えたことが評価され、「物流子会社の社長を任せてみよう」と考えていただけたのだと思います。「これが最後の仕事だ」という覚悟を持ち、会社へ恩返しをしたいという気持ちで臨みました。

ーー社長就任後に大変だったことや、注力したことについてお聞かせください。

若林智樹:
初めての社長業は想像以上に大変で、会社のビジョンを考え、それを形にする責任の重さを痛感しましたね。経験が不足していたため、ビジネス書などで知識を補いながら挑戦を続けました。

以前は技術的なマネジメントが中心でしたが、社長となってから強く意識したのは人材マネジメントの重要性です。社員一人ひとりに寄り添い、共感を通じて、従業員が気持ちよく働き、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることに注力しています。

人材育成とDXで描く次世代物流のビジョン

ーー他社と比較したコクヨの特徴や強みは何ですか?

若林智樹:
物流子会社の再編や新たなパートナーシップを模索する企業が増える中でも、コクヨグループは物流子会社を2社保有しています。

私の担当するビジネスサプライ流通事業の物流子会社は、メーカー物流を源流に全国の系列卸から物流機能を集約、さらに通販にも対応してきたことで、製造・卸・小売3つの物流機能を1つの倉庫で運営している点が、ビジネスモデルとして大きな強みです。これは市場優位性だけではなく、社員が多様な経験を積む場を提供するという点でも大きな利点だと考えています。

ーー人材育成での取り組みについておうかがいしたいです。

若林智樹:
人事部門が中心になり、次世代人材の育成プログラムを複数スタートさせています。また、他社と連携して、共同研修も始めました。さらに、風土改革にも着手し、社内SNSの活用によって、風通しが良くなりました。

その他、若手社員が中心となり、大学生に物流を学ぶ機会を提供する活動も行っています。教える中で、大学生から刺激を受け、社員が物流について改めて考える機会となっているようです。これらの取り組みが社員自身の成長につながっていることから、人材育成においては相互に学び合う、称え合う環境をつくることを大切にしています。

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

若林智樹:
新しいテクノロジーを導入し、労働集約型の現場を近代化へ向けて変革し、次の世代に物流を継承していきたいです。そのためには、技術導入だけにとどまらず、働きやすい環境づくりを通じて、物流に魅力を感じてもらえる職場を目指しています。

DX(デジタルトランスフォーメーション)については、コクヨグループのデジタルアカデミーに参加したメンバーが、そこで培った技術の実務導入を進めています。たとえば経営会議においては、事前AI診断により会議の質を上げています。また、現場では内製システムの活用を含め、迅速かつ柔軟に仕組み化を図っていく方針です。

物流が好きな人が増えれば、業界に長く携わる人材が増え、さらにポジティブな発信によって物流ファンが増えていくと考えています。そのためにも、物流に関心を持ち、私と同じように物流の未来を考える人を一人でも多く増やしたいですね。

編集後記

物流の変革期を第一線で支えてきた若林氏は、社長就任後も物流業界の課題に向き合い続けてきた。大学との連携を通じて学生に物流の魅力を発信し、新たな人材を業界に呼び込む活動を展開するなど、その取り組みは社内にとどまらない。

また、労働環境の改善については、新テクノロジーの導入に留まらない包括的な視点が必要だと強調し、物流業界への志望者を増やすことを目指している。この志が次代に受け継がれ、活動が実を結べば、業界が直面する人材不足という課題を乗り越える未来が見えてくるだろう。

若林智樹/法政大学工学部卒。1991年にコクヨへ入社し、文具倉庫への設備導入など物流企画改善に従事。1998年頃からの「文具流通の変革」の渦の中で、系列卸との物流統合や2001年には通販(カウネット)立ち上げの機会を得る。通販物流の基盤整備を主導し、700億円の通販事業を支える。2021年、物流子会社であるコクヨサプライロジスティクス株式会社の社長に就任。最新技術導入を伴う拠点再構築に着手。また「物流イメージ向上の一助となる」志を掲げ、社内外での活動を推進中。