
北海道富良野市に拠点を置く富良野通運株式会社は、トラック輸送に加え、鉄道や船舶輸送のノウハウも駆使する総合輸送力が強みだ。同社を率いる代表の永吉大介氏は、JR貨物という大企業でのキャリアを経て、「よりお客様の顔が見える場所で働きたい」という思いから同社へ転職した。入社後に感じた大企業と中小企業のギャップを原動力に、社長として「公平性の徹底」と「DXの強力な推進」という組織変革を実行。属人性を排し、社員が挑戦できる環境を整えてきた。富良野の未来を見据え、“点”から“ゾーン”への事業展開を描く永吉氏に、その経営論と未来への展望を聞いた。
大規模輸送から地域密着へ 転身を決めた強い動機
ーー物流業界に関心を持たれたきっかけについて教えてください。
永吉大介:
出身が港町の北九州市で、毎日トラックや貨物を見聞きするうちに、次第に物流に関心を持つようになりました。
私の師から教わったことですが、物流の面白さは、人の力で意志のない「貨物」を動かすという点にあります。人間は自分で切符を買い、自分の意志で目的地まで移動できます。しかし、貨物はそうではありません。誰かの手を介して運ばなければならない。この、他人の力を持ってモノを動かしていく世界が非常に面白いと感じたのです。
もともと人の世話をしたい性分でもあり、自分が手配してモノを運び、お客様をサポートする。その密かな楽しみが、この業界で生きていきたいという強い思いとなり、今につながっています。
ーー富良野通運へ入社した経緯についてお聞かせください。
永吉大介:
前職のJR貨物では、主に鉄道を基軸とした地点間輸送、いわゆる大規模輸送に携わっていました。大きな組織の中での仕事でしたが、私は「よりお客様の顔が見える場所で働きたい」という思いが強くなりました。その結果、トラックを持つ実運送の弊社へ転職いたしました。
今の運送事業会社では、お客様との関係性がより密接で濃厚です。直接対話するからこそ、お客様のニーズにきめ細かく応えることができます。富良野を選んだのは、前職の札幌勤務時代に地元の皆様に温かく受け入れてもらい、北海道に貢献したいという思いが根付いたことが大きいです。
ーーJR貨物でのご経験で、現在の経営に生きていることは何ですか。
永吉大介:
JR貨物は元国鉄ということもあり、教育体制が非常にしっかりしていました。組織論を深く学び、就業規則や賃金規程など、すべてが整った環境で働いていました。
特に本社勤務で鍛えられた課題解決能力や、誰にでも分かるようポイントを絞った資料の作り方は、今でも役立っています。たとえば、提案資料に情報を詰め込みすぎず、ポイントだけを端的に示すやり方は、大企業で学んだ非常に重要なスキルです。
属人的な曖昧さを排除する公平性の徹底
ーー入社後、前職との環境の違いを感じることはありましたか。
永吉大介:
前職は組織体制が非常に整っていましたが、今の会社に来て、規則が未整備だったり、中小企業ならではの場当たり的なルールがあったりと、大企業との差をまざまざと実感しました。特に、業務の分掌や役割分担も曖昧な部分が多くありました。
ただ、前職で実現できなかった「お客様と近い関係で仕事をする」という目標は達成できており、この点については今とても満足しています。
ーー社長として組織を率いる上で、過去の失敗から学んだことは何ですか。
永吉大介:
中小企業は、物事を判断したり決定したりする際の基準が曖昧な部分が多いと感じます。誰にでも当てはまる客観的なルールが少ないため、結果として判断が属人的になりがちです。
私自身、過去に給料の決め方で、意図せず「えこひいき」と捉えられ、社員の士気を下げてしまった失敗があります。その反省から、士気を保つには公平性の確保が不可欠だと痛感しました。今はボーナス査定なども含め制度を整え、社員を公平に扱うことを経営の肝として徹底しています。
経営を危機から救うトップ主導のDX推進策
ーー代表就任後、積極的に取り組まれていることについて教えてください。
永吉大介:
会社に来て最初の三年ほど、社長である自分の知りたい決算や業績の数字が、リアルタイムに把握できない状況が続いていました。大幅に遅れた業績推移をただ見て経営判断するだけでは、会社は倒産してしまうという強い危機感を持ちました。この状況を鑑み、DXの導入に踏み切りました。
DXは「やってみろ」と言うだけではできません。部署や支店ごとに、長年の慣習による属人的な固有の業務プロセスがたくさんあり、機械に判断させるDXを導入する際には、まずその曖昧さを排除する必要があるからです。
これはトップである自分が判断し、白黒をはっきり示さないと進まない。だからこそ「システムを組むことは会社を整えること」と覚悟を決め、自ら率先して推進しました。特に、外注すると数千万円かかるようなシステムを、内製化によって構築しています。
ーーDX導入によって、組織にはどのような変化がありましたか。
永吉大介:
勤怠管理のアプリ化などにより、手書きの日報をなくし、ペーパーレス化が進みました。成果として、時間外労働が90時間を超える社員はゼロになり、労働時間の大幅な改善も実現しました。
何より、今までブラックボックスだった部分が可視化され、社員の働き方が明確化されました。これにより、事務職員がドライバーの仕事の密度まで把握できるようになり、業務の質も向上し、結果として利益率が上がるという副次的効果も出ています。
私が目指したのは「属人性のない仕事」です。属人性は世代交代が進む上での最大の障壁であり、DXは会社が伸びていくための土台づくりでもありました。
課題解決を追求するソフトとハードの総合力

ーー経営者として大切にされている信念についてお聞かせください。
永吉大介:
フットワークは軽く、東に困っている人がいれば相談に乗り、西に困っている人がいれば相談に乗る、そんな気持ちで仕事をしています。
ただ、一つだけ肝に銘じているのは、「給料が安いから会社を辞める」とは言わせたくないということです。北海道の運送業界は、農産物の出荷時期に仕事が集中し、閑散期に業績が落ち込むという課題があります。しかし、だからといって社員の給与を安く抑える時代ではありません。社員に満足してもらえる労働環境をつくり、会社に愛着を持ってもらう。その良いスパイラルで、物流業界全体で課題となっている人材不足を乗り切りたいと考えています。
ーー競合他社にはない、貴社の最大の強みは何でしょうか。
永吉大介:
まずハード面として、76台の多様な車両ラインナップがあり、クレーン車やトレーラー、
石油やLNGを運ぶタンク車両などバラエティに富んでいます。さらにトラックだけでなく、鉄道と船を活用した輸送手段も持っています。
これらに対応するソフト面、つまり多様なノウハウを持った社員も揃っており、「基本的にはお客様のご要望をお断りしない主義」です。たとえば、輸入通関を伴う海上コンテナのクレーン作業など、難易度の高い仕事にも対応しています。富良野という地域の運送会社から一歩脱皮した、幅広いサービスを提供できていると自負しています。
ーー社員の自主性を引き出すために、社長として意識されていることは何ですか。
永吉大介:
私の役割は、「社員が実現したいと思うことの環境整備」だと考えています。社員のふとしたアイデアを拾い上げ、実現してあげるのが私の仕事です。
以前、エースドライバーが「ボルボ(のトラックに乗りたい)」と社内の掲示版に書き続けていた熱意に応え、トラックを購入したところ、社員の士気が上がりました。今進めている苫小牧の新事業用地の購入も、社員のアイデアから生まれたものです。
人口減少地域の未来を支える面展開の物流戦略
ーー今後の中長期的なビジョンについてお聞かせください。
永吉大介:
今までは富良野という“点”で仕事をしてきましたが、今後は苫小牧、札幌を含めた“面”で仕事をしたいと考えています。
なぜなら、富良野は今、ものすごい勢いで人口減少が進んでおり、このままではモノが運べなくなる時代が必ず来るからです。物流を途絶えさせては、富良野の生活や地域経済は成り立ちません。札幌と苫小牧に拠点を拡張することで、富良野地域をカバーする強固な物流体制を築き、地域の持続的な発展につなげたい。売り上げ目標を追うのではなく、お客様の問題を解決した結果として成長していくというのが理想です。
ーービジョン実現に向け、今どのような人材を求めていらっしゃいますか。
永吉大介:
優先順位でいえば、財務、ファイナンシャル、経営計画ができる方です。私はお客様の課題解決や、新しい事業を立ち上げる営業が役割なので、会社の戦略を緻密に練れる、いわば「右腕」となる人材がいると大変嬉しいです。
また、DXに関しては、システムを導入するだけでなく、「DX人材を育成してくれる人」を求めています。弊社の社員はパソコンに詳しくない者も多かったですが、粘り強く教育することで、今では積極的に活用するようになっています。この流れを加速させ、ゆくゆくはお客様との双方型システムを内製で構築し、社内の転記作業など、非効率な事務作業をゼロにしたいと考えています。
ーー最後に、未来の仲間に向けたメッセージをお願いします。
永吉大介:
弊社は、コミュニケーションが楽しい、アットホームな会社です。そして、運送という概念にとらわれない社内スタートアップとなる労働者派遣事業の立ち上げや、新たなM&Aでの事業領域拡大など常に新しいことにチャレンジしています。そうした新しいことに挑戦すること、そしてコミュニケーションを楽しいと思える人であれば、弊社で大いに活躍できると思っています。ぜひ、私たちと一緒に、北海道の物流、そして地域経済の未来を創りあげましょう。
編集後記
大企業で培った視点と、中小企業の現場で直面した課題。永吉氏は、その両方を糧に「公平性」という軸と「DX」という武器で、組織を力強く変革してきた。「社員の夢を実現するのが私の仕事」と語る言葉は、自らがやってみる覚悟を示し、具体的な投資を実行してきたからこそ重みを持つものだ。挑戦を楽しみ、コミュニケーションを大切にする文化が、同社の未来を切り拓いていくだろう。

永吉大介/1972年福岡県北九州市出身。1996年北九州大学卒業後、日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)に入社。関東支社・本社・北海道支社勤務を経て、2017年に退職。同年富良野通運株式会社に入社し、2019年、代表取締役に就任。また、2022年北海商科大学大学院を社会人学生として卒業し、博士(商学)を取得。