
名古屋コーチンの生産量で国内トップシェアを誇る老舗企業、株式会社さんわコーポレーション。同社は、創業120年を超える歴史の中で、鶏肉加工・販売の専門性を高めながら、時代に応じた事業領域の拡大を進めてきた。
2020年に代表取締役社長に就任した古川翔大氏は、ニューヨークにおける3年間の留学生活や世界一周の旅で培った国際感覚と、大手企業での経験を活かしながら、伝統と革新の調和を目指している。コロナ禍という危機を多角的な事業展開で乗り越え、デジタル化や海外展開にも積極的に取り組む同社の経営について話を聞いた。
海外経験が育んだ、日本食と日本の文化への新たな視点
ーー3年間の留学生活や世界一周を経験したことで、どのような影響を受けましたか。
古川翔大:
高校時代にニューヨークで暮らし、その後、世界一周を経験しました。その時、強く感じたのが、「海外の人々が日本に持つイメージ」と「日本食文化の魅力」です。アメリカでは「和食」と言えば寿司が代表的ですが、実際には日本料理全体の奥深さや技術、そして、それを支える職人の姿勢こそが大きな価値だと気づきました。
サービスや接客においても、日本は世界でもトップクラスです。海外では「顧客に尽くす」という考え方は一般的でないことも多く、日本の店員の礼儀正しさや丁寧さは、文化として誇るべきものだと認識しました。これらの経験が、「日本の食文化やサービスを世界に広めたい」と考える原点になり、現在の海外展開にもつながっています。
ーーどのような経緯で家業を継ぐことになったのですか。
古川翔大:
私は次男だったこともあり、家業を継ぐという意識はあまりありませんでした。しかし、父が働く姿や、リーダーとしての決断を間近で見ているうちに、自分も「誰かを導く立場になりたい」という思いを持つようになりました。また、幼少期から部活動や学校行事でリーダーを任されることが多く、そのたびに「人と一緒に目標を達成する楽しさ」を実感していたことが原点だと思います。
また、海外で感じた日本食の魅力や価値を、「食」を扱う家業を通じて広めたいという思いがあったのです。この思いこそが、家業を引き継ぐ決断の大きな動機となりました。大学卒業後、キーエンスを経て、2014年に弊社に入社し、2020年に社長に就任しました。
ーーキーエンスに入社した理由と、そこで得たものを教えてください。
古川翔大:
自分を徹底的に鍛え上げたいという思いで選んだのがキーエンスでした。非常に厳しい環境でしたが、組織の効率化や、仕組みづくりの徹底ぶりに大きな影響を受け、営業マニュアルの精密さから、誰がやっても成果を出せる仕組みづくりの重要性を学びました。また、「最小の資本で最大の付加価値を上げる」という文化が身に付き、これらの経験は家業のDX推進や経営に、大いに役立っています。
コロナ禍を乗り越えた多角的な事業展開の強み
ーー貴社の事業について教えてください。
古川翔大:
さんわグループでは、名古屋コーチンを主体とした鶏の生産から加工、販売まで一貫して行う管理体制を構築し、事業を展開しています。愛知県の直営農場で鶏を育て、自社プロセスセンターにて第二次・第三次加工を行い、全て自社で管理することにより、高品質かつ安定供給を実現しています。
外食チェーンや量販店への卸売事業を展開する一方で、駅構内やサービスエリア、地域の銘店などで土産、贈答品として一般消費者にも販売し、多くのお客様に支持されています。また全国の都心型商業施設、百貨店などを中心に、約100店舗の直営小売店の運営も行っています。
ーーコロナ禍での経営はどのようなものだったのでしょうか。
古川翔大:
コロナ禍の緊急事態宣言の時は、お土産事業や百貨店を中心とした小売店が大きな打撃を受け、一時は店舗を休業しなくてはいけない状況に追い込まれました。
しかし、弊社ではスーパー向けの卸売や通信販売も展開していたため、これらの部門が伸び、会社を支えてくれたのです。特に通信販売の需要増加は目覚ましく、コロナ禍がきっかけで新たな成長軸を見つけることができました。この多角的な事業展開こそが、会社の強みだと実感しています。
好奇心と時流を読む力で未来を切り拓く

ーー社員に対して取り組んでいることはありますか。
古川翔大:
社員が自ら提案し、挑戦できる環境をつくることを大切にしています。たとえば、若手社員が「SNSを活用したい」「新商品のプロモーションを強化したい」と提案してくれた際には、必要なリソースを惜しみなく提供しました。こうしたボトムアップの文化が、社員の成長や会社の革新につながると考えています。
また、社員の提案を直接経営層まで届ける「アイデア宅急便」や、将来のキャリア目標を申請できる「キャリアアップ申請」制度を設けています。これらの仕組みを通じ、社員が主体性を発揮し、自らの可能性を最大限に発揮できる環境を整えています。
ーー経営者としての哲学と、今後の展望についてお聞かせください。
古川翔大:
私が大切にしているのは、「好奇心を持ち続けること」「時流を読む力」「人を導く力」です。好奇心は知識集積の源泉となり、未知の世界に挑戦する扉を開きます。時流を読む力は、その挑戦を行う最適なタイミングを判断し、目標を明確化します。そして、人を導く力は最も大切で、個々で動くのではなく、組織としてパフォーマンスを最大化し、目標達成に向けて動けるようにしたいと思います。
私は必ずしも経営者が一番優秀だなどとは思っていません。むしろ自分より優れた人材を引き寄せ、その能力を最大限に引き出せる環境を作ることが重要です。経営者が全てを自分で担う必要はなく、優秀なチームを育てることが最大の使命だと考えています。
弊社が120年以上続けてこられた背景には、時流を読み、需要に合わせたマーケティング戦略をとってきたこと、そして、鶏一筋であったことが大きいと思います。今後もブランドと価値を守りながら、味と接客サービスの2つの柱を大切に、国内はもとより東南アジアへも積極的に進出し、日本の食文化を広めていきたいと考えています。
編集後記
インタビューを通じ、古川翔大社長の「挑戦を恐れない姿勢」に強く心を打たれた。ニューヨークへの留学やキーエンスでの厳しい経験が、社長の価値観や経営哲学の基盤となっている。新たな挑戦への果敢な姿勢と、会社の伝統や強みを活かしたバランス感覚は、次世代の経営者にとって学びになるだろう。確固たる信念と柔軟性を兼ね備えたその姿勢に、今後のさらなる飛躍が期待される。

古川翔大/1988年、愛知県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社キーエンスに入社し最先端の営業手法を学んだ後、2014年にさんわコーポレーションに入社。2016年に取締役執行役員に就任。2017年には、さんわグループ初となる海外事業として台灣鳥三和有限公司を設立し、代表取締役社長に就任。2020年にさんわコーポレーションの代表取締役に就任。