
収納用品やランドリーバスケットなどのプラスチック製品をはじめとする生活用品を製造する、1932年創業の株式会社吉川国工業所。その販売会社として誕生したのが、ライクイット株式会社だ。米研ぎがしやすく、電子レンジ調理もできるザルとボウルなど、機能性にこだわった商品を提供している。
遠方の取引先まで毎週通いつめ、顧客から信頼を得たエピソードや、同社ならではの商品づくり、ものづくりに込める思いなど、代表取締役社長の吉川和希氏にうかがった。
米国行きを中断し、家業の道へ。持ち前のチャレンジ精神で新たな道を開拓
ーーまず入社の経緯を教えてください。
吉川和希:
海外進出した家業の戦力になるため、大学卒業後はニューヨークの貿易商社に就職する予定でした。ところが米国に飛び立つ直前に、東日本大震災が発生。震災による影響は家業にもおよび、海外事業はもとより、会社の経営自体が危ぶまれる状況になってしまったのです。
それでも私はニューヨークで働くつもりでいましたが、震災による影響がどのくらい続くのか、また、家業の先行きがどうなるのか見通しが立たない状況を受け、日本を離れることに迷いが生じるようになりました。そんなとき父から「米国行きをやめて、うちに入ってほしい」と言われ、そのまま家業に入りました。
ーー入社後、具体的にどのような活動をされたのかお聞かせいただけますか。
吉川和希:
後継者として入社したため、実は入社当時から取締役に指名されていたのですが、周囲には役員であることを隠し、1人の新入社員として働くことを選びました。父から特別扱いをされることもなく、他の社員と同じようにイチから仕事を学ぶことでビジネスの知識や経験を得られると思ったからです。
まずは営業職からスタートし、得意先回りをしました。営業先ではとにかくお客様から言われたことを一生懸命しようと思いました。事務所にうかがった際は大きな声で挨拶をし、台風の時はお客様の事務所の倒れている傘立てを率先して片づけるなど、できることはなんでもしましたね。
特に印象に残っているのは、ある商社さんと深い信頼関係を構築し、多くの取引先様をご紹介いただいたことです。その商社さんは群馬を拠点にしていたため、私は毎週月曜日になると東京からお客様の事務所へ通っていました。
大雨の日も雪の日も通い続け、当時は13時から15時半くらいまで先方の商談スペースに入り浸り、商談できる人がいれば話かけていました。まるでお客様の事務所スペースを自分の作業場のように使っていて、今思えば非常識な人間でしたね。
ただ、その人懐っこさからお客様に可愛がられ、たくさん話をさせていただき、小売店との商談を取り次いでいただくことになりました。それにより、次々と仕事が舞い込んできたのです。入社1年目でこうした成功体験を積むことができたのは、大きな自信になりましたね。
ーーこれまで取引のなかった大型家具量販店との契約も取り付けたそうですが、そのときの経緯を教えてください。
吉川和希:
その頃は社会人になったばかりだったので、商習慣もわからないまま、怖いもの知らずでひたすら営業していましたが、ネックとなったのが商品の価格です。その量販店様は現在も安さを売りにされていますが、当時は今よりもさらに価格設定が低く、弊社の提示した金額より割安でした。
弊社が価格の安さを強調しても、相手の心を打つことは困難です。そこで私は、弊社の製品の優れている点や性能の高さをアピールし、少し単価が高い付加価値のある製品を販売しましょうと提案したのです。
その結果、担当の方から「わかった。とりあえず試験販売してみよう」との言葉をいただきました。試験販売の結果、お客様からも大きな反響をいただき、最終的には大きな売上を達成することができたのです。
今振り返ると、低単価を売りにしている販売店に高単価ハイクオリティーのライクイット社の製品が販売されるのは業界内ではありえないことだったといえるでしょう。ただ、業界の常識に捕らわれず分析し、行動し続けたからこそ、新たな販路を開拓できたのだと思います。
消費者が用途をイメージしやすく、必要最低限の機能だけを残す商品づくり

ーー改めて貴社の創業の経緯についてお聞かせください。
吉川和希:
弊社はプラスチック製品を製造している吉川国工業所の販売会社として創業。吉川国工業所はもともと天然樹脂であるセルロイドの加工を行っていましたが、時代の流れとともにプラスチック製品の製造へと転換しました。
やがて、競合他社との価格競争が激化するようになってしまいましたが、そこで自社製品を適正価格で販売するため、デザインを取り入れ、販売事業を独立させてできたのがライクイット株式会社です。
ーー商品づくりで重視しているポイントは何ですか。
吉川和希:
弊社が特にこだわっているのは、製品開発のプロセスです。開発製品が決まったら誰が、なぜ、どんなところで、どのように、という風に使う人のことを考えてデザインを考えます。デザインができたらモデルを作成し、細かく評価します。この評価基準に「製品特徴」と「顧客価値」というものを使い、利用者の生活シーンが見えてくるまで考えてデザインを修正していき最終製品を生み出しています。
それらのコンセプトは商品のパッケージにも反映し伝えることにもこだわっています。たとえば単にごみ箱といっても、使われ方は家族構成によって異なるでしょう。そのため、新婚夫婦が引っ越し先の新居で使用するのか、あるいは赤ちゃんが生まれてオムツを捨てるために使うのかなど、具体的な生活シーンが伝わりやすいように、商品やパッケージのデザインを工夫しているのです。
メイクボックスを開発した際は20代の女性をイメージし、自室の限られたスペースでも置けるコンパクトさを追求しました。さらに工夫を施し、初めてメイクする人にも役立つよう、メイクの仕方を書いたリーフレットも封入しました。このように、誰がどのようにこの商品を使うのか、どういった機能などがあれば喜んでもらえるのか。ここまで考えるのが、ものづくりのあるべき姿だと思っています。
商品開発の際に意識しているのは、思い付く限りの機能を盛り込み、そこから不要なものを削ぎ落とすことです。これは父の代から続いている開発方法です。こうした使いやすさに徹底的にこだわっている点が、多くのファンを獲得できているポイントだと思います。
あえて責任ある仕事を任せ、自信をつけさせる教育法
ーー人材育成についてはいかがですか。
吉川和希:
新入社員にとって最初の3年間は社会人の基礎を築く重要な時期なので、その間に責任ある仕事を任せられるようにカリキュラムを計画しています。組織のトップになるには、ある程度の時間が必要です。そこで新入社員ならではの小さなプロジェクトの責任者を任せるようにしています。
例えばSNSやチャットGPT、プログラミング、3Dプリンターなど新入社員が興味を持つことや大学で学んだばかりのことをテーマにしてチームを作り、会社に新しい技術を取り込んでいくプロジェクトです。
これにより「私も会社の一員として社会に貢献しているんだ」という自信を持ってもらうことも目的の一つです。わざわざ老舗の中小企業である弊社を選んでもらったからには、「この会社に入ってよかった」と思ってもらえるようにしたいのです。プロジェクトを経て、ユーザーのことを考えて商品開発を行う「ライクイットの良さ」について、胸を張って語れるようになってほしいですね。
ーー海外展開についてお聞かせください。
吉川和希:
海外での販売についても、国内と同様に機能性を全面にアピールしていこうと考えています。かつては「メイドインジャパン=高品質」というイメージがありました。しかし、日本以外の国でも高品質な商品をつくれるようになった現代では、日本製というだけでは売れるという簡単な話はございません。
ユーザーの暮らしを考え抜いたものづくりや、日本ならではの製造技術や整理収納のノウハウが詰め込まれているからこそ、弊社の商品が評価されていると感じています。今後も他の国のメーカーでは思いつかないような、オリジナルの機能を備えた商品を開発していきたいと考えています。
自社のノウハウをオープンにする理由。商品づくりや販売で重視するポイントとは
ーー最後に商品を開発・販売する上で重視しているポイントを教えてください。
吉川和希:
自社の技術やノウハウを私物化せず、他社と協力しながら商品開発を行うのが弊社のモットーです。自分たちの考えに固執しないため、新たな発見も得られ、販路の拡大にもつながっています。
また、お客様には商品の質や性能の良さを知っていただき、納得した上でお買い求めいただきたいと思っています。「こんな風に生活が便利になるんだったら、お金を払ってもいいな」と思っていただける商品づくりに努めています。これからも人々の生活に寄り添う商品を生み出し、快適な暮らしを提供していく所存です。
編集後記
自社の商品開発へのこだわりや、ものづくりにかける思いなどを熱く語ってくれた吉川社長。商品づくりに対する情熱や、ひとつの商品に全力をかける熱量をひしひしと感じた。今後もライクイット株式会社は、「これは欲しい」と思える商品を次々と生み出し続けることだろう。

吉川和希/1988年奈良県生まれ。立命館大学卒。大学卒業後、ライクイット株式会社に入社し、営業及び製品開発を担当。2018年に代表取締役社長に就任。クリエイティブディレクターとしてグッドデザイン賞をはじめ、国内外のデザイン賞を多数受賞。環境に配慮した製品開発や新素材の開発など、資源循環技術の研究にも注力している。