
韓国で生まれ、日本で学び、働き、そして家庭を築きながら日本社会への感謝と貢献を胸に、寿交通を率いる金鎭午氏。創業63年を迎えた(2024年時点)同社の社長として、地域密着型のタクシー事業の強みを活かし、新たな挑戦を続ける金社長に、これまでの歩みと未来への展望をうかがった。
縁をつなぐ力が今の自分をつくった
ーー来日してから寿交通に入社されるまでの経緯を教えてください。
金鎭午:
私は1963年に韓国で生まれ、1988年に留学生として来日して日本語を学び、1990年4月に亜細亜大学に進学しました。当時は円高で留学生にとっては大変な時代でしたが、国際交流や学生支援に尽力してくださった武蔵野市の方々のおかげもあって、日本文化に対する理解や人々との交流を深めながら充実した学生生活を送ることができたと思います。
大学卒業後は台東区にある多慶屋(たけや)で10年間営業販売員として働き、その後は旅行会社で4年間ツアーコンダクターを務めました。学生時代から寿交通の会長とはご縁がありまして、私が韓国で結婚式をする際には、韓国の田舎までお祝いに駆けつけてくださったほどの間柄です。
日本の旅行会社で働いていたときに、リーマン・ショックで経営が厳しくなった事や日韓のビジネス客や旅行客の半減により収入が減ってしまった事で転職を考えていると会長に相談したところ「日本に骨を埋める覚悟で、最後の職として勝負をかけてみるとしたらうちの会社に来なさい」と強く背中を押されて、2008年12月に寿交通に入社しました。このご縁があったからこそ、今日の自分があると感謝しています。
地域に密着したタクシー事業と時代のニーズを反映した多角的な事業展開
ーー寿交通の強みや魅力について教えてください。
金鎭午:
地域密着を大切にしていることが、弊社の強みであり魅力です。最初の創業時は7台のタクシーでスタートした会社ですが、現在ではタクシー60台、送迎車12台、介護タクシー3台の合計75台を稼働させるまで成長しました。弊社のシンボルである黄色い車体の寿交通タクシーが地域で認知されるようになり、「あの黄色い車の会社は、親切で丁寧だ」との評判をいただいております。
また、事業はタクシー事業にとどまりません。自社で運営する民間車検場を活用し、タクシーや送迎車の点検・整備を外部に委託せず対応できることから、一般のお客さまの車検や整備・修理・板金塗装にも対応しています。「ロボットやAIにはできない信頼の仕事」を提供しているのも、弊社の強みです。
ーー福祉施設の送迎・介護タクシーも稼働されているのですね。この事業を始めたきっかけを教えてください。
金鎭午:
2021年1月ごろに「寿交通の乗務員の接遇が良いので、施設の送迎を依頼したい」という要望があり、6月1日より1施設3台から送迎事業を開始したことがきっかけです。現在では複数の施設と契約を結び、地域の高齢者や利用者の皆さまの生活を支える重要な役割を果たしています。
介護タクシーのサービスでは、「人生の最後の旅行」を支えたこともあります。ある高齢者のお客さまから、「1泊2日の予定で田舎の家の財産整理をしたい」というご依頼を受けたのです。そのお客さまは足が不自由で、介助が必要な状況でした。そのため、田舎までの道中だけでなく、温泉での介助やご自宅の整理までサポートさせていただいたところ、大変喜んでいただいたのです。
お客様の想いに寄り添うために、こうした柔軟な対応ができることは、地域密着型の寿交通ならではの強みだと思います。
「人」とのつながりで日本の社会問題の解決にフォーカスしたサービスを展開

ーー社長ご自身が経営において大切にされていることはありますか?
金鎭午:
私たちが大切にしているのは、人にしかできないことや、人と人との信頼関係です。弊社では、事業の中心に常に「人」がいます。タクシーの接客や安全運転はもちろん、特定旅客の送迎、介護タクシーや保育サービスも含め、地域に密着した事業には「人と人との信頼関係」が不可欠です。
ロボットやAIが便利で効率的だとしても、細やかな気遣いや柔軟な対応は人間にしかできません。寿交通は、その部分を大切にしながら、これからも地域のために貢献していきたいと考えています。
ーー強みを引き出すために取り組んでいることはありますか?
金鎭午:
社員教育に力を入れています。未経験者でも安心して働けるよう、研修内容を充実させているのが自慢です。少しでもモチベーション高く働いてもらえるように、毎月の給与明細には、社長から社員への感謝と励ましの言葉を10年前から添えているのも、寿交通のこだわりです。
2024年のスローガンは「より良く変える」でした。会社と社員と一緒に成長し、地域社会にも良い変化をもたらすことができたと思っています。2025年は「挑戦と成長の年」をスローガンとして、会社一丸となって取り組みます。
ーー人材不足と言われる今、何か採用で工夫されていることはありますか?
金鎭午:
外国人の雇用に積極的に取り組みつつ、弊社で自動車整備分野の技術を学びたい方と自動車運送業分野で高収入を稼ぎたい方向けのサポートを行っています。
たとえば、弊社は自動車整備に必要なすべての道具とブースを自社で所有し、特定技能1号合格証の資格を取ってから寿交通に入社すると、5年後には熟練の自動車整備士になれる環境を整えています。また、自動車運送業分野特定技能1号評価試験を合格して入社される方は2種免許取得にかかる費用を会社で負担する養成制度も設けています。
もし言語や交通ルールに不安を抱えている方でも、まずは弊社の福祉施設の送迎の乗務員として採用ができます。弊社は地域密着で事業を展開しているため、安心して経験を積み、タクシー乗務員、または外国人のビジネス客・観光客がご利用できるハイヤーとして、日本語と母国語の通訳できる仕事まで出来るような人材に育てたく考えております。
加えて、タクシー乗務員が高収入を得られる環境を整えています。とくに三鷹市や武蔵野市での営業は需要が高く、頑張る人であれば月22日、昼日勤のみの勤務で50万円稼ぐ方もおり、年間で500万円から600万円以上の収入を得られる方もいますね。こうした実績があるため、新しく入社する方でも高い目標を掲げたうえで働くことが可能です。
もちろん、入社してすぐに稼げるようになるとは限りません。だからこそ、未経験で入社した社員のために6カ月間の給与保証制度を設けるなど、従業員ファーストを心がけています。
また、将来的には海外に整備工場支店を出したいと考えているため、海外支店第1号の支店長になれるような情熱を持つ方を支店長候補者として迎えています。母国に帰国しても家業として自動車整備業を必ずやるという意志の強い方を雇用し、整備士、板金塗装工としての技量が整備工場長レベルになる時点で支店長を任せたいと思っています。
希望と夢を持って来日した方々に、働き甲斐のある魅力的な会社のオーナーとして、一人ひとりが成功出来るよう積極的にサポートします。特定機能1号資格をお持ちの方、自動車整備士、板金塗装工としてのキャリアアップを図りたい方は、ぜひご応募いただきたいです。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
金鎭午:
社員が誇りを持って働ける環境を整えることに注力していきます。その一環として、10年後に新社屋を建てる計画を発表しました。このプロジェクトは、社員と地域社会に対する感謝の形であり、未来に向けた寿交通の新たな一歩です。
これまでも寿交通は、タクシー事業だけでなく、地域社会のニーズに応じた柔軟な事業展開を行ってきました。今後は、特定旅客の送迎、介護事業など高齢化社会に対応したサービスを強化する動きを加速していきます。
弊社の介護事業が、私たちの接客やサービスが良いと評価くださったユーザーや地域の方からの「特定旅客の送迎、介護タクシーもやって欲しい」という声によって生まれたことからもわかるように、私は、これまで多くの方々に支えられ、ここまで来ることができました。今後は、寿交通のサービスを通じて、地域に恩返しをしていきたいと考えています。
編集後記
韓国から留学生として来日して以来、縁を作るだけでなくつないできた金鎭午社長。出会いを大切にしてきた社長のインタビューからは、人との縁を大切にし、地域に根ざした経営を続けてきた姿勢が感じられた。
収入面の安定や子育てしながら働ける環境づくりなど従業員を大切にした経営戦略で「ロボットやAIにはできない」サービス提供を通じ、寿交通は地域社会に欠かせない存在となっている。金社長のビジョンのもと、同社が描く未来の形に期待が高まる。

金鎭午/1963年、韓国・京畿道廣州郡生まれ。1988年に来日し、1994年亜細亜大学を卒業。多慶屋で10年間営業を経験し、旅行業では通訳資格を取得してツアーコンダクターとして活躍。2008年に寿交通へ入社後、営業や経理部門を経て、2015年に常務取締役に就任。2021年には新規事業を立ち上げ、2024年に代表取締役社長に就任。10年後の新社屋建設を発表するなど、地域密着型の経営で未来を切り拓いている。