
神奈川県相模原市に本社を置く株式会社宮下製作所は、金属加工のワンストップメーカーだ。同社は素材調達から設計・加工・納品までを一手に請け負う総合力で成長してきた会社であり、近年はその総合力を活かして次世代の育成も進めている。
同社の代表取締役社長である阿部仁氏は、証券会社勤務や不動産業での起業経験を経て、家業を引き継いだ多彩な経歴を持つ。さまざまな立場を経験してきた阿部社長が見据える会社の未来とはどのようなものか。同社の強みや成長戦略、目指すべき姿などについて聞いた。
家業を守る身として、自ら積み上げたキャリアを手放し、父の後を継ぐ
ーーご経歴をお聞かせください。
阿部仁:
宮下製作所は家業で、私は学生の頃から親の後を継ぐことを意識して育ちました。ただ、大学卒業後、すぐに会社を継ぐことはせず、まずは自分なりにキャリアを積んでみようと、証券会社に就職する道を選びました。
しばらくは証券会社で働いていましたが、仕事をする中で、次第に自分で事業を立ち上げてみたいと思うようになりました。こうして30歳のときに不動産会社を立ち上げ、それから10年以上不動産会社に注力することになります。ありがたいことに会社は順調に成長していきましたが、いつも心の片隅には家業を心配する気持ちがあり、いつかは会社を継がなくてはと思っていました。
そんな思いが強くなったころ、父から社長を引き継いでほしいという話が来ます。私は迷うことなくその話を了承し、43歳で宮下製作所の社長に就任しました。それまで経営していた不動産会社は友人に譲り渡し、今では弊社の成長に全力を注いでいます。
幅広い業種に対応する、金属加工のワンストップメーカー

ーー貴社の事業内容を教えてください。
阿部仁:
金属の加工や金属製品の設計・製造などを行っています。素材調達から設計・溶接・機械加工・塗装・納品までを自社で行う体制を構築し、金属加工のワンストップメーカーとして、1966年からお客様の事業を支え続けています。
扱っている製品は、半導体や液晶部品製造装置、機械のフレーム、真空容器、建機部品、鉄道部材などです。これら以外でも、お客様から注文いただいた、さまざまな製品を製造しています。
また、最近は新たなジャンルへの挑戦として、和菓子店を運営する関連会社を設立しました。一見すると、弊社の事業とはまったく関係ないように感じるかもしれませんが、じつは製造業と飲食業は品質管理や製品開発などの部分で共通点が多く、今までのノウハウを活かせる部分も多いのです。今後は、製造業と和菓子店が相互に良い影響を与えながら成長していける関係を築きたいと考えています。
ーー貴社独自の強みは何でしょうか?
阿部仁:
一社で素材の調達から納品まで、製造の全工程をカバーできることが弊社の大きな強みです。これにより、スケジュール管理が容易になっているほか、製品の品質についても、自社で納得がいくまで高めることが可能です。おかげで顧客からは、スピードと品質が両立していると、高い評価をいただいております。
また、社内で全工程をカバーできるということは、それだけ多くのノウハウが蓄積されているということでもあります。最近は、このノウハウを人材育成へと応用し、新入社員を「ゼロから一人前に育てる」活動に力を注いでいます。
これらの強みをベースに、中小企業ならではの柔軟な対応力とコミュニケーションの取りやすさを活かして、長年顧客との信頼関係を築いてきました。製造業としての誇りを持ち、その価値を守り続ける姿勢こそが、長く信頼を得るために必要だと考えています。
社員たちが安心して働ける場の維持が、長期的な会社の成長につながる
ーー今後、特に注力したいテーマをお聞かせください。
阿部仁:
経営の地盤を固めるためには「新規取引先の開拓」が必要だと考えています。自社のポジションを確固たるものにするために、技術やサービスの訴求に努め、お互いに価値を提供し合えるパートナーを増やしていく構えです。
また、会社を維持・発展していくための「経営幹部の育成」も欠かせません。私が退陣しても、次の世代が自律的に判断を下せるようになることが理想であり、そのために、中間層も含めた社員一人ひとりに「自分で考え、行動する力」を身につけてもらいたいと考えています。
さらに、社員たちの技術向上や生産工程の見直しによる生産性の向上にも取り組んでいきます。これは会社の成長を加速させるためのエンジンのようなものなので、さまざまな視点から改善点を探し出し、日を追うごとにスピードアップできるよう努力していきたいです。
ーー将来的に、貴社をどのような姿に成長させたいとお考えですか?
阿部仁:
社員たちが長く働き続けたいと思える「不安の少ない職場」にしたいと思っています。弊社が長年存続してきたのは、先代の頃から培ってきた伝統の保持と、時代の変化に対応する柔軟性を両立してきたからです。特に、賃金や雇用の安定といった従業員の心理的安全に関する部分は、仕事に集中するためにも欠かせないものだと考えています。
ただ、現状維持による衰退を招かないように、姿勢は挑戦的であるべきです。現状に甘んじることなく、新たな価値の追求や、従業員のスキルアップなどを通じて、少しずつ会社全体を進化に導いていきます。
そして、最終的には、従業員一人ひとりが「ここで働いていてよかった」と思えるような、明るい未来を感じられる会社にしたいですね。5年後、10年後も、そんな会社であり続けられるように、日々の積み重ねを大切にしていきたいと考えています。
編集後記
宮下製作所の事業における強みを組織の成長へと応用する取り組みは、次の時代を紡いでいくために非常に有用だといえる。特に、人材不足が叫ばれる昨今においては、社内で人材を生み出せるというのは大きなメリットになるだろう。阿部社長が今までの積み上げをどう活かし、次の10年を築き上げるのか。その手腕に注目が集まる。

阿部仁/1961年、新潟県生まれ。明治大学卒業。証券会社での勤務を経て、不動産会社を設立。その後、株式会社宮下製作所を父より引き継ぎ、2004年に代表取締役社長に就任。