※本ページ内の情報は2025年4月時点のものです。

ドライバーの労働時間の規制強化により、労働力不足が深刻化している運輸業界。業界が苦境に立たされる中、青果業界に特化して長年にわたり輸送事業を行い、多くの取引先から厚い信頼を集めているのが、株式会社伍代商事だ。

トラック運転手を志したきっかけや、従業員を大切にする経営手法などについて、代表取締役社長の橋本健二氏にうかがった。

トラック運転手として独立し、運送会社の経営者へ

ーーまずは橋本社長のご経歴についてお聞かせください。

橋本健二:
トラック運転手になりたいと思ったきっかけになったのは、小学生の頃、父と映画館で観た菅原文太さん主演の『トラック野郎』です。ギラギラと装飾されたトラックで日本中を旅する姿に憧れを抱いたのです。

夢を叶えるべく、16歳でバイクの免許を取得し、中華料理店で配達のアルバイトをしてお金を貯め、18歳で普通免許を取得して4トン車で家具の運送を行いました。

しかしあるとき、会社のトラックが故障してしまい、購入費用350万円ほどを自分で負担することになりました。そこで親に保証人になってもらい新しいトラックを購入したのを機に、持ち込み運転手として20歳のとき独立、21歳で大型トラックの運転免許を取りました。

独立後、弟子になりたいというトラック仲間が次々と集まって来たため、会社を設立。青果業界に特化して運送事業を行ってきた結果、徐々に会社の規模が大きくなっていき今に至ります。

現在は長年の経験で培ったスキルと取引先との信頼関係により、営業をしなくても新しい案件が入ってくる状況です。弊社がここまで成長できたのは、弊社に信頼を寄せていただいているお客様のおかげだと思っています。

離職率が高い運送業界で人材が定着している理由

ーー働きやすい職場づくりのために、どのような取り組みをしているのでしょうか。

橋本健二:
時代の流れでコンプライアンスが意識されるようになったのを機に、職場のルールなどを少しずつ改善してきました。私自身も言葉遣いを見直し、強い口調は避けるようにしています。また、若手に対しては「今の若者は」と一括りにせず、一人ひとりと向き合うことを大切にしています。

心がけているのは、従業員と顔を合わせたときに笑顔で声をかけることです。こうすることで、できるだけコミュニケーションを図るようにしています。ねぎらいの気持ちを込め、自分が握ったおむすびを従業員たちに振る舞うのもその一環です。

また、人間関係は些細なことが火種になるので、不穏な空気を感じたら場の調整を買って出ていますね。こうした配慮をしながら居心地の良い職場づくりを意識しているため、弊社の離職率は低い数字を維持しています。

徹底した安全教育や、自ら率先して現場仕事をする姿勢

ーー安全教育や業務効率化などの取り組みについてもお聞かせください。

橋本健二:
定期的に安全会議を開き、ドライブレコーダーに録画されたあおり運転などの事例をもとに、具体的な指導を心がけています。そこでいつも伝えているのが、「相手の車に自分の大切な人が乗っていると意識すること」です。そう思えば、危険がともなうあおり運転をしようとは思わないですよね。このように、プロの運転技術と心構えを身につけるために、私の口から直接伝えるようにしています。

また、DXに詳しい従業員を軸とし、デジタル技術を積極的に取り入れています。これからも業務の効率化を図り、労働時間の削減に努めていきたいです。

ーー橋本社長が現場に立つこともあるのでしょうか。

橋本健二:
はい。現場が好きというのもありますが、私が先陣を切って働く姿を社員に見せる意味も込めて、朝6時には出勤し、フォークリフトで荷物の運搬をしています。

長距離を運転して大量の荷物を運ぶハードな仕事を選んだからには、従業員たちにもこうした気概を持っていてほしいですね。

トラブルを回避するため適切な仕事量を請け負い、堅実な経営を

ーー今後の目標を教えていただけますか。

橋本健二:
売り上げ目標や車の台数目標は、あえて立てないようにしています。売上達成を目標にトラックの台数を増やして稼働率を上げると、長時間労働により事故のリスクが高まり、トラックの故障にもつながるからです。会社にとって大きな利益の損失になりかねません。

そのため、適切な仕事量になるよう調整し、従業員たちにはあまり頑張り過ぎないよう伝えています。従業員数は現在75名ほどで、そのうちドライバーが60名ほどですが、これ以上の規模拡大は今のところは考えていません。

また、私も60歳を過ぎたので、これから数年かけて息子に継ぐ準備を進めていきたいと考えています。私とは経営スタイルが違うかもしれませんが、代替わりしてからは息子に決定権を委ね、あくまで後ろから見守っていこうと思っています。私がまだ動けるうちに代替わりをすれば、たとえ息子が失敗しても、私がこれまで得た知識や経験をもとにアドバイスすることで、逆境を跳ね返せるからです。そのため、息子が社長に就任した後も、私は今後も会長としてサポートしていくつもりです。

編集後記

「人が集まってくる会社になるには、経営者の人望がポイント」と語る橋本社長。その言葉の通り、橋本社長からは人を寄せ付ける懐の深さを感じた。株式会社伍代商事は、これからも安全かつ正確に商品を届け、青果業界の頼れるパートナーとして存在感を発揮し続けていくに違いない。

橋本健二/1982年、18歳でトラックドライバーになり、家具の運送に従事。1984年に持ち込みドライバーとして独立し、橋本商事を開業。1996年に有限会社伍代商事へ、2006年に株式会社伍代商事へ社名変更。