※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

医薬品卸売業界は、高齢化に伴う医療費増大やジェネリック医薬品の普及、医療のデジタル化などが進み、大きな変革期を迎えている。このような状況下で、創業110周年を迎えた千葉県の老舗企業、岩渕薬品株式会社が新たな挑戦を開始した。同社は「薬に頼らない社会」の実現を目指し、予防医学とまちづくりを結びつけたアプローチを展開。さらに、地元企業との連携を通じて社会課題の解決に取り組み、地域密着型の活動を進めている。代表取締役社長の岩渕琢磨氏に、事業変革のビジョンや未来への展望について話を聞いた。

協調と個性の調和。情熱と楽しさを仕事に

ーー家業の承継を決意した理由と、その後の取り組みについてお聞かせください。

岩渕琢磨:
大学卒業後、大手製薬会社でMR(医療情報担当者)として営業経験を8年積み、家業が創業100周年(2014年)を迎える3年前に弊社に入社しました。節目の年を、会社を支えてきてくれた社員とともに迎え、新たなスタートを切りたいと考えたからです。

当時から、製薬業界における大きな変化を肌で感じ、弊社にも変革が必要だと実感していました。100年という長い歴史は強みである一方で、変化が難しい側面を持っています。例えるなら、大きな岩がゆっくりと動いているような状態で、少しの力では軌道が1ミリも動かない、そんな状況でした。

そこで目指したのが、トップダウン型からサーバント型リーダーシップへの転換です。従来は上から言われたことを実行する組織形態でしたが、変化の激しい時代に対応するためには、社員一人ひとりが主体的に考え、行動し、その成果を実感できる組織への変革が必要であり、その一環として、新規事業の創出や経営人材の育成にも力を入れ始めました。

ーー仕事を行う上で特に大切にしていることは何ですか?

岩渕琢磨:
「楽しく」仕事をすることと、「手段と目的」を常に意識することです。薬を販売することは手段であり、それ自体が目的ではありません。真の目的は人々の健康増進と社会課題の解決を図ることにあります。この考えを社内に浸透させることで、社員が自分の仕事の意味を理解し、より主体的に取り組めるようになってきたと感じています。

お客様は勿論、一緒に働く社員同士の関係性も大切です。どうしたら相手に喜んでもらえるかという事を想像しながら行動することで、仕事がスムーズに進みより良い成果につながり、相手から感謝される。これこそが、楽しく仕事をすることだと考えています。

私は趣味でドラムを演奏します。ドラムは、周りの楽器が演奏しやすいようにリズムで伴走したり曲にアクセントを付けるのが基本的な役割です。その反面、大事な場面では個性と存在感を発揮することもあります。基本的には協調なのですが、ここぞという場面で存分に個性を出す、というメリハリの効いた演奏はいいチームにも通じるものがあると思います。

一緒に働く仲間と協調しチームワークを発揮しつつも、それぞれの個性や持ち味がちゃんと際立つ組織は理想的だと思っています。そのため弊社は社員一人一人の個性や持ち味を知る機会を大切にしています。社内イベントの実施も非常に盛んですし、仕事を超えた付き合いが生まれていますね。

110年の感謝を未来へ。地域密着型の挑戦

ーー具体的にどのような新規事業に取り組んでいますか。

岩渕琢磨:
弊社が110年もの歴史を刻むことができたのは、地域の支えがあったからこそです。10年前の100周年を機に、「これからの100年は恩返しの100年」と位置づけ、さまざまな地域課題の解決に取り組んできました。その一つに障がいのある方々が描いた素敵なデザインのチャリティーTシャツを毎年購入し社員全員で着用し、アーティスト活動を応援しています。

また、予防医療とまちづくりの融合という新しい取り組みも進行中です。この取り組みは、医薬品を扱う企業としての責務を考えた際に、「薬の服用は必要最低限にとどめるべき」という一見矛盾した理念から始まりました。必要不可欠な治療薬がある一方で、予防によって薬を服用せずに済む病気も多く存在する、という考えからです。2年前に「まちづくり事業推進部」を立ち上げ、千葉大学予防医学センターと連携して「住んでいるだけで健康になれるまちづくり」の研究を始めました。

一例として、ITベンチャーと共同開発した社内健康推進アプリ「with LEAF(ウィズリーフ)」があります。このアプリを活用した県内企業の従業員同士の歩数競争イベントを定期的に開催し、健康意識の向上を図っています。この取り組みは単なる健康促進にとどまらず、企業間の新たなつながりを生み出す場にもなっています。また、自治体と連携して介護予防に効果的な街づくりの実証実験も進めています。

Well-beingを軸に描く200年企業への道

ーー今後の展望についてお聞かせください。

岩渕琢磨:
4年前の全社会議で「今は薬を売るだけの企業ではない」と宣言しました。医薬品事業は重要なインフラとして継続していきますが、それだけにとどまらず、地域のさまざまな課題解決に取り組む企業へと進化していきます。そのためには、社内の人材育成はもちろん、地元企業や大学、自治体など、多様なステークホルダー(事業やプロジェクトに関わる利害関係者)との協働が欠かせません。一社では解決できない課題であっても、力を合わせることで必ず道が開けると確信しています。

2100年には日本の人口が6300万人程度まで減少し、高齢化率は40%に達すると予測されており、弊社が200周年を迎える2114年には人口問題がとても深刻な状況となります。そうした未来に向けて、多くの方に長く元気に過ごしていただけるよう、予防や健康維持に力を入れ、さらには人々の関わりを増やし、みんなが活躍できるまちづくりを進め、身体的にも肉体的にも、更には社会的にも健康な人々を増やして参ります。具体的な数値で効果を示しながら、自治体の医療や介護にかかる予算削減にもつながるビジネスモデルの構築を目指していきます。

編集後記

取材を終えて最も印象的だったのは、論理的かつ情熱的な社長のお人柄だ。110年の歴史を持つ企業の歴史に甘んじることなく、大胆な変革に挑戦し続ける姿勢や「薬を売ることは手段であって目的ではない」という言葉から、既存の価値観を覆す決意が感じられた。

特筆すべきは、単に事業拡大や収益向上を目指すのではなく、地域への恩返しという視点に立ったユニークな新規事業の展開だ。「次の100年」を見据え、地域密着型の課題解決モデルを追求するその取り組みは、同様の課題を抱える企業にとって新たな可能性を示す道標となるだろう。

岩渕琢磨/1978年、千葉県生まれ。大学卒業後、大手の製薬会社に入社し、MRに8年従事。2011年、岩渕薬品株式会社に入社。2014年の創業100周年を機に、恩返しのための次の100年を「第二の創業」と位置づけ、「まちづくり事業推進部」を開設。ソーシャルビジネス創出に尽力している。2019年、代表取締役社長に就任。