
茨城県鹿嶋市が本拠地のサッカークラブ「鹿島アントラーズ」を運営する、鹿島アントラーズ・エフ・シー。同社は、スピーディーな意思決定や、地域企業との強固なパートナーシップを強みに地域を盛り上げている会社だ。
今回、インターネット業界での経験が豊富な代表取締役社長の小泉文明氏に、同社の事業の強みや経営者としての考え方、今後の展望などを聞いた。
インターネット企業のIPO業務を経験後、Jリーグクラブ運営会社の経営者に
ーー貴社の社長になるまでの道のりを聞かせてください。
小泉文明:
大学卒業後、大和証券SMBCに入社し、ミクシィやDeNAといったインターネット企業のIPO(新規上場)をサポートする業務を担当しました。もともと自分で事業を興したいと思っていたので、IPOに成功する会社の事例を近くで見ることができたのは、非常に良い経験だったと思います。
その後、2006年にミクシィへ転職し、取締役執行役員CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する業務を経験しました。2012年に退任してからは、いくつかのスタートアップ企業を支援し、2013年にメルカリに参画、2017年に弊社の社長に就任した次第です。
もともとメルカリはアントラーズのパートナー企業として付き合いがありました。ある日「経営権を持つことを検討してほしい」という話をいただき、2019年にメルカリのグループに入っていただいたという流れです。
ーーアントラーズの社長に就任後、壁に直面したことはありましたか。
小泉文明:
改善の遅れが、社長就任後にぶつかった壁の1つです。サッカーのホームの試合は2週間に1回ほどしかないので、PDCAサイクルを迅速に回すことが難しく、改善のスピードがどうしても遅くなってしまうことを課題として感じていました。
また、代表に就任した直後にコロナ禍が始まったのも、直面した壁の1つですね。ただ、この時期を使ってDXの取り組みなどを実施し、会社のコストを最適化して組織を効率的かつ無駄のない状態にできたので、結果としては良かったと思っています。
インターネット業界で培った知見をサッカークラブの運営に活かす

ーー貴社の強みはどういった点にありますか。
小泉文明:
30年という長い歴史と伝統があり、Jリーグで最多のタイトルを獲得しているクラブを運営している点が、大きな強みです。地方のクラブでありながらトップクラブに入る実績を残せているのは、今までの社員たちのチャレンジと努力の結果だと思っています。
ただ、今後は横浜や大阪、浦和など大都市のクラブと戦うために、より一層の創意工夫が必要となってきます。鹿嶋市の人口は6.6万人で、ホームタウンを含めた周辺の市町村の人口は25万人程度なので、100万人を超える人口を持つ大都市圏のクラブと戦い続けるためにはさらなる創意工夫や努力、挑戦が必要です。
また、社内でDXが進んでいる点も強みです。たとえば、親会社でもあるメルカリがSlackを業務に使っていたのを参考に、弊社でもSlackを導入しました。
社員全員がSlackを活用して業務を共有することで、誰でも最新の情報やデータを手に入れられるようになり、業務の効率を上げることに成功しました。テクノロジーの力を上手く活用することで、昨年の観客動員数はコロナ禍前に比べ117%増加しています。
ーー会社経営で意識していることを教えてください。
小泉文明:
会社経営で意識しているのは、「強い会社」になるための仕組みを構築することです。僕は「強い会社」とは、情報の集約と意思決定プロセスのPDCAを速く正確に行える会社だと思っています。社員全員が同じ情報を持っていて、何が起きているのかをデータで把握でき、最適な意思決定ができること。そして、そのうえで全員が素早く実行に移せる会社になることを目指しています。
また、社長就任当初から僕は、組織を「野球型からサッカー型に変えたい」と伝えてきました。野球では監督が選手にその都度細かなサイン(指示)を出しますが、サッカーでは監督は大きな戦略を出すのみで、基本的には、その場の状況を見ながら選手同士が自主的に行動します。
指示待ちの組織ではなく、自分たちがピッチの中でどういった状況に置かれていて、どのような意思決定をしなければいけないのかを各々で考え連動していくような、サッカー型の組織を実現したいと思っています。
今後は「グローバル」と「ローカル」の2軸で事業を拡大させていく
ーー貴社ではどのような人材を求めていますか。
小泉文明:
今後は新規事業を提案する機会が増えていくと思うので、新規事業開発や営業ができる方が来てくれると嬉しいです。基本的な資質としては、チャレンジや変化を恐れず、自ら挑戦したり、アイデアを出したりするのが好きな人が弊社に向いていると思います。
ーー今後の注力テーマや展望をお願いします。
小泉文明:
注力テーマの1つが、グローバル展開を進めることです。サッカーは多くの国や地域の人々がプレーするグローバルなスポーツです。また、弊社は2018年にアジアチャンピオンになった実績もあります。「アジアで一緒にプロモーション活動をしたい」と言ってくださるパートナー企業も多く、今後はどのように世界とつながり、外貨を稼いでいくかを考えていきます。
実際にグローバルディビジョンを立てて今後の方針も考えていますし、成田空港や茨城空港が近い立地を活かして、インバウンド集客も進めていく予定です。
また、ローカルでの事業も進めていこうとも思っています。地方の人口減少が進む中、街を元気にする取り組みを行うことが私たちの使命だと考えています。今後は地域のパートナー企業と協力しながら、イベント運営などを通して街を元気にする活動をしていこうと考えているところです。
現在、歯科関連企業と共同で新たなデンタルクリニックを設立する計画を進めています。街を魅力的にすることで市民とクラブ、企業を含む関係者全員が満足できる仕組みを構築する予定です。
編集後記
実績豊富でファンも多い鹿島アントラーズだが、地方の人口減少など、立ち向かうべき課題もあるのだと今回の取材を通して気づかされた。
子どもから大人まで幅広い層に親しまれているサッカーを切り口に、鹿島アントラーズ・エフ・シーはこれからどのように街を変革していくのか。サッカークラブとしての活躍だけでなく、同社の地方活性化の取り組みにも注目していきたい。

小泉文明/早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBCにてミクシィやDeNAなどのネット企業のIPOを担当。2006年よりミクシィにジョインし、取締役執行役員CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する。2012年に退任後はいくつかのスタートアップを支援し、2013年株式会社メルカリに参画。2019年鹿島アントラーズ・エフ・シーの代表取締役社長に就任。