
大森機械工業株式会社は、食品や医薬品、日用品などの包装システムや機械の製造・販売を手がける企業だ。高水準な技術力で高い評価を得る同社は、海外6か国に子会社を設置するなど、グローバル展開にも意欲を見せている。同社の成長の背景には、どのようなマインドがあるのだろうか。2024年に旭日中綬章を受章した代表取締役社長兼CEOの大森利夫氏に話をうかがった。
「餅の絵を描く」の精神で計画的に目標を達成する
ーー社長のこれまでの経歴を教えてください。
大森利夫:
私は大学の機械科を卒業した後、ビジネス経験を積むために、弊社と技術提携しているアメリカのウエルドトロン社に入社しました。同社で2年半勤務したあと、日本帰国の機会を迎えましたが、そのタイミングでクリクロック社と弊社の合弁会社設立の構想が浮上。もう少しアメリカに滞在したい気持ちがあった私は、カリフォルニア州のクリクロック社で半年間勉強してから帰国しました。帰国後はクリクロックジャパンの設立に携わったのち、1981年に弊社に入社。2008年に代表取締役に就任しています。
ーービジネスにおいてどのような考え方を大切にしていますか?
大森利夫:
私は、「餅の絵を描く」ことを大切にしています。「餅の絵を描く」とは、何か素晴らしい理想を思い描き、それを実現するための計画を立てることを意味します。「絵に描いた餅」という慣用句がありますが、私の場合は、自分が描いた餅の絵をどうやったら食べられるかについて考えるのです。これをビジネスに置き換えると、事業目標とその達成プロセスを計画し、その計画を実行するということになります。
私はこの考えを大切にし、新入社員にも伝えてきました。
創業者が残した「OMORI Spirits」が成長の支えに

ーー貴社の事業内容と強みを教えてください。
大森利夫:
弊社の事業は、包装機械の製造・販売です。「1分間に何個包装したい」といったお客様の要望に応じ、最適な包装機械やシステムを提案、構築します。スムーズな包装のために、箱詰めやバンド掛けまでの、一連の包装工程を包括的に設計、最適化するのです。
また、単体の機械をつなぎ合わせるだけでなく、お客様の製造環境に合わせてオーダーメイドで包装機械を設計し、物流に至るまでのプロセス全体を最適化することで、生産効率の向上とコスト削減も実現しています。こうした一気通貫のソリューション提供こそが、弊社の最大の強みです。
ーー貴社の強い企業体質をつくったのは、どのようなマインドですか?
大森利夫:
弊社は、創業者の大森昌三から受け継いだ精神を「OMORI Spirits」と呼んで大切にしています。この「OMORI Spirits」が、弊社の成長を支えてきました。大森昌三が残した言葉の一つに、「決して諦めない」というものがあります。パッケージ製造の過程で、最初の想定とサイズや色が違うなど、上手くいかないことが出てきた場合でも、決して妥協しません。この創業者の精神こそが弊社のアイデンティティであり、この軸をぶらさずに行動するところが、お客様から評価される所以でもあると自負しています。
日本の技術を海外に輸出し、ナンバーワンを目指す

ーー最後に、貴社の今後の展望をお聞かせください。
大森利夫:
今後、少子高齢化によって日本国内の市場が縮小していく中では、やはり海外に目を向けることが重要だと考えています。弊社はすでに中国やインドを始めとする6か国に拠点を展開し、グローバル化を推進してきました。海外のニーズに合わせた製品を開発する場合であっても、日本で発展させた技術のノウハウを現地に持っていけば、その地域に合わせたコストと仕様で製造できます。日本のものづくりの強みを海外で発揮して、これからの事業を発展させていきたいですね。
編集後記
大森社長が2024年に旭日中綬章を受章したのは、大森機械工業株式会社における高い技術力の形成と、経産省の方針でもある日本技術を海外に広めるための拠点づくりに尽力したことが評価されたためだという。「包装」という世界中で必要とされる分野において高い技術力を活かしている同社であれば、今後もさらなる成長が期待できるだろう。

大森利夫/1950年生まれ。日本大学卒業。大学卒業後、ウエルドトロン社(米国ニュージャージー州)に入社。その後、クリクロック社(米国カリフォルニア州)に入社し、海外での修業期間を経て、1975年にクリクロック・ジャパンの設立に携わる。1981年に大森機械工業株式会社へ入社。2008年、同社代表取締役社長に就任。2024年に旭日中綬章を受章。