※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

東京・お茶の水で1899年から続く老舗「ホテル龍名館お茶の水本店」を知っているだろうか。同ホテルを経営する株式会社龍名館は、旅館の創業当時から続くおもてなしの精神をそのままに、都内で合計3つのホテルを経営している。

その伝統を守りつつ、時代に合わせた変革を進めてきたのが代表取締役の浜田敏男氏だ。浜田社長は文化や価値観の変化と向き合いながら、老舗ホテルの未来をどう築いていくのか。その戦略と思いを聞いた。

兄の後を継いで社長に就任。歴史あるホテルを運営する心構えとは

ーー浜田社長の経歴をお聞かせください。

浜田敏男:
龍名館は我が家が代々営んできた家業で、私の人生は、幼いころから旅館と共にありました。従業員と一緒の空間で過ごすことは当たり前で、お客様と接する機会も多かったので、多くの大人たちに囲まれているのが日常でしたね。

ただ、キャリアについては会社を継ぐ前提で考えていませんでした。大学卒業後は自分なりにキャリアを積もうと銀行に就職を決め、そのまま約9年間勤めました。

しかし、父の体調不良がきっかけで龍名館に入社することになります。私は突然のことに戸惑いつつもすぐに家業に入りましたが、そこで私を待っていたのはスケジュール管理や分業が徹底された銀行とは真逆の仕事環境でした。

旅館の仕事は時間帯に応じて仕事と休憩を切り替えながら、24時間続けるものでした。良い表現を使えば臨機応変ともいえますが、仕事とプライベートの境界があいまいになることも多かったのです。

しかも職人気質の従業員が多く、銀行で経験したような組織のルールや管理の概念が通用しないことも多々ありました。そこで私は信頼関係を築くために一緒に食事をすることから始め、徐々に職場環境やシステムの改善に取り組んでいきました。

その後は、兄が社長を継いだタイミングで副社長に就任することとなり、さらに約10年が経った2005年に兄から社長交代を打診され、社長を引き継いだといった流れです。当時は責任の重さにためらっていましたが、家業を守り、龍名館の歴史を繋いでいくために受け入れ、今日までその看板を守り続けてきました。

ーー会社を運営するにあたって、大切にしている価値観を教えてください。

浜田敏男:
龍名館の社訓である「人の和」という考え、そして企業理念である「働く人が誇りを持てるビジネス」「自主自立の運営」「地域に根差したビジネス」を大切にしています。

まず「人の和」とは、聖徳太子の憲法十七条に由来する考え方で、人と穏やかに対話して意見を交わせば、すべてがうまくいくという意味です。弊社が長い歴史を歩んでこれたのも、人の和を尊び、敬意を持って人間関係を築いてきたからだと思っています。

また、3つの企業理念には、宿泊業として「変えるべきもの」と「変えてはいけないもの」を意識するという意味も込められています。建物や設備といったハードウェアは、時代に合わせて新しくする必要がありますが、中心にあるおもてなしの心を持ち続け、それを行動で示すことを忘れてはいけません。いつの時代も胸を張ってお客様をお迎えできる場所であることが、龍名館としての誇りなのです。

日本文化を代表する「お茶」をテーマに事業拡大に挑む

ーー貴社が運営しているホテルの特徴や、ユニークな取り組みなどをお聞かせください。

浜田敏男:
弊社では、「ホテル龍名館お茶の水本店」のリニューアルや新設をきっかけに、客室を全てスイートルームにし、さらに、「お茶」をテーマにしたブランディングを始めました。

そのシンボルとなるのが、「茶バリエ(茶葉のソムリエ)」と呼ばれるお茶を学んだ従業員の存在です。茶バリエが季節や時間に合わせたお茶を提供しています。

また、お茶の水のホテルでは、隣にレストランを設けて「茶を食す」というコンセプトをもとに考案した食事を提供しています。メニューには抹茶ビールやお茶の茶葉を練りこんだソーセージなど独創的なものが多く、お茶の魅力を普段のメニューに融合させているのが特徴です。一般利用も可能なので、カフェタイムに利用される方も多く、弊社を知ってもらう場としても一役買っています。

ちなみにこのレストランや、新橋にある同ブランドのホテルでは、専門家を招いた日本茶セミナーも開催しています。ただ食事をするだけでなく、知識や体験なども交えながらお茶文化を発信する場所になればと思っています。

次世代人材から選ばれる、多くの人が働きたいと思える会社への進化を目指す

ーー今後の成長ビジョンや注力テーマを教えてください。

浜田敏男:
注力しているのは人事施策で、その中でも特に力を入れたいのが経営幹部の育成です。理念に掲げている自主自立の運営を達成するためには、幹部社員の柔軟な判断や対応が必須であり、この能力を身に着けるために、戦略的思考やマネジメント力、価値観や倫理観などを養う必要があると感じています。

それに併せて、幹部社員を支える社員の採用も進めていきたいです。ホテル業界は採用が厳しいという現実を抱えていますが、弊社には1899年から続く歴史や、お茶にこだわったブランディングといった強みがありますので、これらを切り口にして龍名館の魅力を伝えていければと思っています。

そのほかには、東京以外の地域への出店も検討中です。現在は東京都内で3つのホテルを運営していますが、今後起こるかもしれない災害による経営リスクを考えると、九州のような離れたエリアへの出店も検討する必要があるでしょう。

大きな目標としては、海外にも名前を轟かせる会社になったら嬉しいですね。長い年月がかかるとは思いますが、次世代の経営陣が弊社をそこまで成長させてくれたら、それがなによりの喜びです。

編集後記

浜田社長の取り組みとして興味深いのは、老舗企業というクラシカルな一面と日本文化を代表するお茶を組み合わせていることだ。インバウンドが重視される中で、この視点は長期的な成長のカギになり得る。都心で日本文化を体感できる場として、世界に名が広まるのも夢ではない。いつの日か、龍名館は日本文化を世界へ発信するホテルへと進化を遂げることだろう。

浜田敏男/1954年東京都生まれ。1977年慶應義塾大学法学部卒業後、旧太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行。1986年株式会社龍名館入社後、1995年取締役副社長、2005年代表取締役社長に就任、現在に至る。