
AIやデジタルシフトの進展に伴い、企業の顧客接点は激変した。一人ひとりに合ったサービスが求められ、レコメンド技術の重要性は高まっている。こうした潮流を牽引するのが、AIを活用したパーソナライゼーション・サービスのパイオニアである、シルバーエッグ・テクノロジー株式会社だ。代表取締役社長のトーマス・フォーリー氏に、起業のきっかけやレコメンド技術の未来について聞いた。
「AIと会話できる」と感じた高校時代の体験がすべての始まり
ーーAIに関心を持つようになったきっかけはどのようなものでしたか?
トーマス・フォーリー:
高校時代、初期AI「ELIZA」に触れたことが原点です。当時、AIはまだ身近なものではなく、「機械がどうして人間の言葉を理解しているか。どうして自然に答えられるのか」と、ものすごく衝撃を受けました。大学では物理を専攻していましたが、いろいろ学ぶうちにAIへの関心が再燃し、途中で進路を切り替えました。
プログラミングは高校時代から学んでいたため、大学卒業後はデジタル・イクイップメント社に入社し、その後、異例の速さでAI部門のエンジニアに登用されました。その後、MIT出身者が創業したGensym社で、プロダクト開発だけでなくマーケティングやマネジメントにも従事。この段階でビジネス全体を俯瞰する視点を培えましたね。
そして、顧客と直接的に関わるうちに、「もっとユーザーに近い立場でリアルな声を聞き、本当の課題を解決したい」と考えるようになり、将来的に自らビジネスを立ち上げたいという思いが芽生えました。
一度目の失敗から、事業モデルを大胆に変えた判断力
ーー1998年にシルバーエッグ・テクノロジー株式会社を日本で立ち上げられた理由を詳しくうかがえますか。
トーマス・フォーリー:
「なぜボストンやシリコンバレーではなく、日本で起業したのか」とよく聞かれますが、たまたま日本にいた時期が、インターネットの波とAIの可能性が組み合わさったタイミングでもあり、チャンスを感じたからです。そして、当時、日本市場ではAIの認知が遅れており、先行者として大きな可能性があると考えました。さらに、ビジネスパートナーとも日本で出会ったこともあり、自然な流れで日本での起業を選びました。
ーー創業期にはどのような困難がありましたか?
トーマス・フォーリー:
最初に手がけたプロダクトが期待通りの成果に結びつかず、何度も事業方針を見直すなど、創業期は試行錯誤の連続でした。2001年には、それまでのライセンス提供型から、クラウド型・成果報酬型へとビジネスモデルを大きく切り替えました。
インターネットの普及とともに生まれた新しい市場のニーズに合わせるためであり、方向転換を行ったのですが、ビジネスモデルを変更したことで利用企業にとって導入しやすい形になったと感じています。
ちょうどその頃、インターネットバブルの崩壊で多くの企業が撤退しましたが、私たちはサービスの改善を粘り強く続け、成功するまで何度も挑戦しました。たとえ小さな変化でも一つひとつ積み上げていくことが、結果的に事業を成長軌道に乗せる原動力になったのだと思います。
提供するのは「選ばせる」のではなく「選べる」状態をつくる技術

ーー現在貴社が提供しているサービスの特徴を詳しく教えてください。
トーマス・フォーリー:
弊社が提供しているのは、ユーザーの行動履歴や嗜好をAIがリアルタイムで解析し、その方に最適な商品や情報を提示するレコメンド技術です。この技術は、ECサイトはもちろんのこと、人材・不動産・マッチングサービスなど、選択肢が多い分野で導入が進んでいます。
ユーザーにとって、膨大な選択肢の中から必要な情報を見つけるのは容易ではありません。
だからこそ、私たちはユーザーの行動を深く理解し、それに基づいて自然な形で情報を届けることを重視しています。それによって、情報を一方的に押しつけるのではなく、本人の意図に沿った提案を行うことが可能になっています。
また、クライアント企業とはカスタマーナレッジを共有しながら、各社の特性に合わせたチューニングも実施。導入実績は累計で500社を超えており、さまざまな業界で弊社サービスが貢献できていると自負しています。
「選ぶ自由」を支えるAI、企業として果たすべき役割とは
ーー今後、事業としてどのような分野への展開を考えていらっしゃいますか?
トーマス・フォーリー:
日本のレコメンドサービス市場は、一般に思われている以上に幅広い可能性があると考えています。EC分野はもちろん、人材、不動産、BtoB領域など、適切な相手やモノを結びつけるニーズはさまざまな業界に存在します。レコメンド技術はまだ多くの分野で活用の余地があり、今後はそうした領域にも力を入れていきたいです。すでに「レコタレント」という人材マッチング支援のAIエージェントサービスのリリースを予定しています。
ーーそうした技術の進展に対して、どのような姿勢で臨んでいきたいとお考えですか?
トーマス・フォーリー:
AIが社会に深く浸透していく現代において、技術そのものだけでなく、それをどう使うかという姿勢がますます問われる時代になったと感じています。市場の流れが急速に変わる中で、現実を見据えながら、必要とされるものを見極め、先回りして動き、業界の中でリーダー的な存在となっていきたいです。
「人々に力を与える」という考え方を大切にしながら、誰もが納得のいく選択ができる社会の実現を目指し、AIの可能性を引き出すだけでなく、誠実に社会と向き合いながら挑戦を続けていきます。
編集後記
トーマス氏の話には、一貫して「人々の助けになりたい」という強い信念が感じられた。ただ便利な技術を提供するのではなく、ユーザーの選択の自由を守ろうとする姿勢は、今の時代にこそ必要とされているものかもしれない。日本での起業が波に乗れたのも、「偶然の機会に飛び込む」という柔軟さと行動力があったからだろう。AIが日常に溶け込むこの時代にあって、時代の変化を見極めながら、人と技術の間に誠実な橋を架けようとする企業の歩みに、これからも注目していきたい。

トーマス・フォーリー/米国マサチューセッツ州出身。デジタル・イクイップメント社人工知能部門のプリンシパル・エンジニア兼コンサルタントとして活躍したのち、ジェンシム社の日本支社長として来日。1998年に日本でシルバーエッグ・テクノロジー株式会社を設立。2016年東証マザーズ上場。