
香りのプロフェッショナルとして、帝国ホテルやホテルニューオータニなどの一流ホテルにも香料を提供している株式会社ミコヤ香商。同社は、バニラビーンズの輸入から加工、販売までを一貫して手がける体制で、常に高品質な香料を供給している。全国4,000社との直接取引を武器に成長を続ける同社の代表取締役社長、水野年純氏に話を聞いた。
危機的状況の家業を自らの手で立て直した
ーー貴社を継ぐまでの道のりをお聞かせください。
水野年純:
もともと家業である弊社を継ぐつもりでしたが、そのためには自分をしっかり鍛える必要があると感じていました。高校は明治学院高等学校に進学し、勉強に励むうちに自分自身を成長させるには、慣れ親しんだ環境を離れる必要があると考えるようになりました。そうした中で、すでにパリに留学していた姉の姿に影響を受け、アメリカへ留学することにしたのです。
留学したのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校です。卒業後は、日本に戻りケミカル銀行(現:JPモルガン・チェース)をはじめとする外資系金融機関で10年間勤務し、経験を積みました。転機となったのは34歳のときで、当初は「自分を鍛えてから」と考えていた家業を継ぐタイミングが、このときに訪れたのです。
弊社が危機的状況にあると知り、入社することにした私が直面したのは、膨れ上がった借金でした。当時は売上高2億8000万円に対し、借金が2億3000万円という状況だったのです。しかし、これまでを振り返ってみると、父が私と姉を海外留学させられるだけの余裕はあったわけです。そこで、「しっかりと業界を勉強して磨き直せば、会社の運営は良くなるはず」と考え、経営を引き継ぎコツコツと基盤を固め直すような地道な日々を重ねました。
その後、借金を5年ほどで返済。V字回復を果たし、事業も堅調に伸び続け、現在では会社の自己資本比率を95%まで高めることができています。
バニラ香料のリーディングカンパニーを支える製販一体のシステム

ーー貴社の事業内容と強みについて教えてください。
水野年純:
弊社はバニラエッセンスをはじめとする香料の製造販売を手がけています。マダガスカルからのバニラビーンズの直接輸入は、日本の中小企業として弊社が初めて実現したもので、競争力の源泉となっています。
弊社の強みは2つあり、まず1つ目が、製造における一貫体制です。2013年に製造部門を「株式会社バニユバニラ」として分社化しましたが、原料の輸入から製造、販売まで一貫した体制を維持しています。全工程を管理することで、新製品の開発を迅速に行え、品質管理も徹底できることが強みにつながっています。
2つ目の強みは、全国4,000社との直接取引です。なるべく問屋を通さず、直接販売することで、どこに何が売られているかを把握でき、納品までのスピードも上がります。また、お客様との距離が近いため、ニーズを直接聞き、それを製品開発に活かすことも可能です。この関係性により、お客様は香料をリーズナブルに仕入れられ、弊社はさらに品質を高められるというWin-Winの関係を築いています。
ーー組織運営では、どのようなことを工夫されていますか?
水野年純:
風通しのよい組織を目指し、さまざまな工夫を行っています。意思決定を早くするために組織をフラットにしているので、弊社には「代表取締役、責任者、その他の社員」の3段階しか区分がありません。また、社員同士はすべて「さん」付けで呼び合うことを徹底し、お互いを尊重する文化を育んでいます。
加えて、社内では提案制度を設けており、どのような提案でも1000円を支給し、月間MVPには3万円、年間MVPには10万円の報奨金を出しています。「この提案はだめだ」と否定すると良い提案も出なくなるため、どのような提案でも受け入れるような制度にしました。その結果、年間で見ると何百万円もの経費削減や時間短縮につながる改善が実現しています。
人材育成と環境対応の両輪で進める持続可能な経営
ーー貴社の社会貢献への取り組みについて教えてください。
水野年純:
企業として、利益の一部を社会に還元することを大切にし、実践しています。安定した雇用を提供し、社員とその家族の生活を支え、税金を納める。これは当たり前のことですが、確実に果たすべき使命だと認識しています。
また、弊社と関連会社であるバニユバニラ、そして私個人からユニセフに毎年100万円ずつ寄付しており、それぞれウクライナやマダガスカル、パレスチナの子どもたちを支援しています。特に、バニラビーンズの産地であるマダガスカルは経済的に厳しい状況にある国として知られているため、弊社としても現地の発展に貢献したいという思いがあるのです。寄付やマダガスカルでは現地で教育ボランディア活動も行っており、教育や生活環境の改善に少しでも役立てればと考えています。
ーー最後に今後の展望について教えてください。
水野年純:
弊社は環境への配慮を重視し、バニラ抽出後の搾りかすを養鶏場の飼料として提供するなど、資源の有効活用に取り組んでいます。今後はこうした循環型の取り組みをさらに発展させる計画です。
また、人材面では、提案制度などを通じて社員の創造性を引き出しながら、次世代を担う若手の育成に注力していく予定です。そして、これらの取り組みを通じて、お客様の声を直接聞いて製品開発に活かす現在のビジネスモデルをさらに磨き上げ、業界のリーディングカンパニーとしての地位を確固たるものにしていきたいと考えています。
編集後記
2億3,000万円の借金を5年で返済し、現在の自己資本比率は95%と、数字が語る水野社長の手腕は圧巻だ。しかし、それ以上に「人を大切にする経営」に感銘を受けた。社会貢献を当然とし、組織をフラットに保ち、社員1人ひとりの声を活かしていく。華々しい戦略より地道な実践を重んじる姿勢が、非凡な成果を生む源泉なのだと実感した。

水野年純/カリフォルニア大学サンタバーバラ校経済学部卒。ボストン銀行東京支店、バンカーズトラスト銀行東京支店、ケミカル銀行東京支店と、10年にわたり外資系金融機関でキャリアを積み、融資関連や国債トレーディング、金利・アセットスワップなどの業務に携わる。その後、家業である株式会社ミコヤ香商に入社し代表取締役へ就任。