
「同じ製品でありながら、企業ごとに購入価格が大きく異なるという現象に疑問を抱いたことが、私の原点」と語るのは、A1A株式会社の代表取締役、松原脩平氏だ。大学卒業後に新卒で入社した企業で営業を担当した際、業務に追われ疲弊する購買担当者の姿を目の当たりにし、この課題の解決に向けたSaaS(※)の開発に至った。2018年に同社を創業した松原社長に、起業の背景や事業の内容、そして将来の展望について話をうかがった。
(※)SaaS:サービス提供者(サーバー)側で稼働しているソフトウェアをインターネット経由で利用するクラウドサービス。
原体験から生まれたビジネスモデル
ーー代表になるまでの経緯をお聞かせください。
松原脩平:
大学卒業後に株式会社キーエンスで自動車業界向けの営業担当としてキャリアをスタートしました。その後、株式会社コロプラネクストでベンチャーキャピタリストとして、シード期からアーリー期のスタートアップを対象にした投資業務に従事し、2018年にA1A株式会社を創業した、という経緯です。「起業するなら、やる理由がある事業家になるべきだ」という知人の言葉に背中を押され、製造業の調達コスト最適化という未開拓の分野に挑戦しています。
ーー貴社の事業内容を教えてください。
松原脩平:
弊社は、製造業の調達・購買活動の高度化をサポートする「UPCYCLE」というプロダクトを開発、提供しています。
「UPCYCLE」は、製造業の企業間取引において日々やりとりされる見積書や関連する図面情報、取引先とのコミュニケーション履歴をAI技術を活用して、構造化されたデータベースとして構築してくれます。
これまで散在していたさまざまなデータが自動的に整理されるので、ユーザは”データを整理するという非生産業務”から解放されますし、見積書を中心に調達活動に関わる構造化データを”組織的に蓄積・活用”できるので、調達活動の質を高め標準化していくことが可能になります。
具体的には、コストダウンなどを目的としたアイデア探しの際に、見積書や関連図面、取引先とのやり取りなど多様な切り口で各種情報へアクセスが可能となります。また、事前にデータが構造化された状態なので、見積比較作業は数クリックで完結します。
特に、自動車業界では見積書が非常に複雑なことに加え、明細情報が数十行に渡る見積書も多く見られます。調達・購買担当者が手動で見積情報をエクセルに転記して見比べることが一般的で、データに基づく比較検討に十分な時間を割くことができていませんでした。事実、これまで数百社の企業にヒヤリングしてわかったことは、見積書の情報管理やデータ活用を組織的にやり切れない企業が大半であり、本来は組織的に見積査定の質を改善していきたいが、業務が完全に属人化し、勘や経験に頼る傾向が強いことがわかっています。
現在、お客様の多くは大手製造業且つ、グローバル展開をしている企業がほとんどです。近年、グローバル競争の激化やサプライチェーンの混乱、原材料価格の高騰などにより、国内外の拠点を跨いだ組織横断的な調達コスト情報の一元管理及び、見積査定の高度化のニーズに対応しています。
また、私たちは「UPCYCLE」を通じて調達・購買活動をさらに進化して頂けるように貢献していきたいと考えています。
たとえば、「どんなコスト削減アクションをしたか」「その結果どのくらいコスト差分を生むことができたか」などの実務データに着目しています。見積書を中心に関連するデータを集約することはもちろんですが、実務データと結びつけることで「どのような情報をもとに、どのような行動をとって、どのような成果をあげたのか」を蓄積していくことができます。
その結果、お客様の業容に合わせて調達・購買活動を高度に支援するAIエージェントの提供ができると考えています。
コロナ禍での転換期・事業ピポット(方向転換)を経験

ーー起業してから事業を進める中で事業ピボットをされた経緯を教えてください。
松原脩平:
弊社は2018年の創業以来、「RFQクラウド」という製造業購買部門向けSaaSの開発に取り組んでいました。2020年12月、コロナ禍による環境の激変を受けて事業のピボットを決断し、2年間の開発期間を経て、2024年8月から「UPCYCLE」を提供しています。
RFQクラウドは、見積依頼者がシステム上で作ったフォーマットに沿ってサプライヤーが回答を入力するという仕組みになっていました。しかし、この場合だと依頼者がサプライヤーに負担を強いることになり、結果としてフォーマットを作ることに時間がかかり過ぎたり、フォーマットに沿った回答をしてくれないという事象が発生していました。
本来は、調達・購買活動の高度化に貢献したいのに、見積書の受領システムとしての価値しか提供できませんでした。UPCYCLEはサプライヤーに負担を強いるのではなく、受領した見積書をフォーマットや粒度に合わせて構造化したデータにすることができるので、業界特有の複雑な取引構造にも柔軟に対応しつつ導入企業だけでDXを実現できるサービスになっています。
ピボットをした時のことを思い返すと、「本来提供したい価値」と違った方向に事業が進んでいったことや、事業の成長が伸び悩む中で、自分自身が抱いていた全能感が実は独りよがりであったことを痛感し、大きな挫折を経験しました。この挫折が自分の限界を認識し、経営者としての在り方を根本から見直すきっかけとなったのです。
「自分一人で全てを成し遂げることはできない」という考えに基づき、これまでの「個人の力」に頼る姿勢を改め、チームとしての連携や周囲のサポートを最大限に活用する方針へと転換しました。事業だけでなく、経営基盤そのものを強固にし、社員やステークホルダーとの信頼関係を深める契機ともなりました。コロナ禍という試練を乗り越える中で得たこの考え方が、現在の事業展開にも大きく寄与しています。
ーー積極的にWEBセミナーを開催されているそうですね。
松原脩平:
はい。月に2、3回、WEBセミナーを開催し、潜在顧客との接点を増やす取り組みを行っています。セミナーで提供しているのは、原価低減活動や調達・購買領域でのAI活用、取引適正化時代における法令遵守など、製造業における調達購買部門が必要とする知識を深める内容です。これにより、調達・購買担当者が自身の問題点や課題に気づき、解決の手段として弊社のサービスを選択肢に入れていただくことを目指しています。
ーー現在取り組まれていることも教えてください。
松原脩平:
企業全体で弊社のサービスを活用していただくために顧客と対話を重ねるとともに、既存顧客の新たな課題に対応するため、品質面などに焦点を当てたソリューションの開発も進めています。
サービスのグローバルスタンダードを目指して
ーー最後に貴社のグローバル展開についての方針や抱負をお聞かせください。
松原脩平:
世界情勢や時代の流れによって、顧客の要求は絶えず変化するため、「タイムリーに価値を提供できる営業力」と「顧客の課題を解決する製品開発力」の両輪を強化することを目指しています。また、顧客の課題と向き合い、解決策をデザインできる高いスキルを持つ担当者を育成しています。
弊社のサポートシステムは、日本企業の成功を支援するとともに、世界中の産業や自動車産業の企業に満足していただける内容となっているため、必然的にグローバルでのスタンダードとなることを目指しています。まずは日本企業の海外拠点での利用を推進し、その後、グローバル企業でも活用されるサービスへと成長させていきたいですね。
編集後記
製造業の調達コスト最適化やデータ管理や事務処理の一元化という明確な課題に焦点を当て、顧客の困りごとに的確に対処して独自のシステムによる解決を図るA1A株式会社の松原脩平社長。前職での経験と疑問から派生した事業で、複雑な業務に忙殺されていた担当者にとって、開発システムの「UPCYCLE(アップサイクル)」は救世主となっている。コロナ禍での挫折を経て経営哲学を見直し、グローバル展開を視野に入れた成長戦略を持つ姿勢が印象的だった。

松原脩平/2013年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、キーエンスに入社。静岡・浜松エリアにて自動車業界向け営業に従事。2016年にコロプラネクストへ入社し、ベンチャーキャピタリストとしてシード〜アーリー期のスタートアップを対象とした投資業務を手掛ける。2018年にA1Aを創業。