
日本情報通信株式会社は、NTTとIBM、日本を代表する2社の強みを融合した合弁会社だ。同社は企業間データ連携のEDIサービスを始め、クラウド環境の構築やセキュリティ対策など、ビジネスのデジタル化に不可欠なソリューションを展開している。2600社以上の取引実績を持ち、企業のDX推進を総合的に支援する同社の代表取締役社長、桜井伝治氏に話を聞いた。
変革期の業界に飛び込み、NTTグループ一筋で歩み続けた
ーー情報通信業界を志したきっかけを教えてください。
桜井伝治:
私が就職活動をしていた1984年ごろは、「高度情報化社会」という言葉が話題になっていました。そんな時期に、通信技術を使って社会全体を変えていく「INS構想」を掲げていたのが日本電信電話公社(以下、電電公社)でした。通信の力で情報格差を縮め、生活をより便利にしていくというビジョンに魅力を感じ、電電公社への入社を決意します。
また、当時は電電公社が民営化されてNTTになるというタイミングで、第二電電などの新規参入が予定されていました。これから競争が活発になる業界に挑戦したいと思ったのも、この道を選んだ理由の1つです。
ーーそこから現在に至るまで、どのような道のりを歩んでこられたのでしょうか?
桜井伝治:
私はNTTグループ一筋でキャリアを重ね、技術からマネジメントまで幅広く経験してきました。入社後は、つくば科学万博に展示するロボットの声を集めたテレフォンサービスの開発を始めとして、病院システムのプログラミング、地方電話局での窓口業務、信越エリアの通信機器マーケティングなど、多様な経験を積みました。
その後、NTTコミュニケーションズで商品企画を担当し、法人営業の戦略立案なども経験。2008年にはNTTコムチェオの社長に就任し、千人規模のリモートオペレーターのマネジメントに携わったこともあります。グループ内とは言え、さまざまな挑戦の機会を与えていただいたことが私のキャリア形成に大いに役立ったと感謝しています。
NTTとIBMの強みを融合したソリューションで企業のDXを支援

ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。
桜井伝治:
弊社はNTTとIBMの合弁会社として、両社の技術を融合したソリューションを提供しています。私たちが手がけているのは、大規模システム開発をはじめ、企業と企業をデータでつなぐEDI(電子データ交換)サービスや、データアナリティクス、クラウド環境の構築、情報セキュリティの確保など、ビジネスのデジタル化に必要な基盤づくりです。
これまでに2600社以上の企業と取引してきた実績があり、金融や自動車産業、物流、不動産など幅広い業界のお客様にご活用いただいています。技術革新のスピードが速い現代において、常に新しい技術を取り入れ、お客様のビジネスにとって価値あるサービスを提供し続けることが弊社の使命だと思っています。
ーー生成AIの活用について、どのような取り組みを進めているのでしょうか?
桜井伝治:
2年前にGPT-4がリリースされた直後、Generative AI Adventure(GAIA)という社内タスクフォースを立ち上げ、アジャイルでWebクライアント「NICMA」を開発してきました。すでに50回以上の更新を行っています。
NICMAは、最先端の大規模言語モデル(LLM)を安全に活用できるよう十分配慮した設計となっており、自社での利用のみならず、すでに多くの自治体でもご利用いただいています。自治体では、議会議事録をRAG(Retrieval Augmented Generation)として読み取らせ、議会の質問への想定問答集作成など、実務に即した高度なAI活用が進んでいます。
また、このNICMAは社内でも非常に浸透しており、社員の9割以上が日常的に活用。日々の業務効率化や新たな提案活動まで、多岐にわたる業務革新を実現しています。さらに私たちは、単にシステムを提供するだけでなく、自治体や企業へのコンサルティング、AI利用のためのガイドライン策定支援、職員向けワークショップの実施など、利用定着に向けて包括的なサポートも行っています。これらの取り組みは、お客様からも高く評価をいただいております。
ーー社長就任後はどのような取り組みをしてきましたか?
桜井伝治:
就任後は、社員1人ひとりが幸せに働ける環境を目指して「ハピネス経営」を推進し、働きやすさと働きがいの両面から取り組みを進めてきました。経営資源を社員に投資し、社員のエンゲージメントを高めることが、会社の成長につながり、ひいてはお客様や社会全体の幸せに貢献すると考えています。
具体的には、働きやすさの面でリモートワークを主体とした「どこでもOffice制度」の導入やフレックスタイム制の拡充など、社員がそれぞれの事情に合わせて働ける環境を整備しました。また、健康経営にも力を入れ、メンタルヘルス対策として全管理職に「メンタルヘルス・マネジメント検定試験Ⅱ種(ラインケアコース)」の取得を義務付けるなど、心身の健康をサポートする体制を構築しています。
加えて、働きがいの面では、社員の成長を支援する仕組みづくりに注力。リスキリング制度を導入し、資格取得を会社が費用面でサポートする体制を整えた結果、これまで1000名以上の社員が新たな資格を取得しています。さらに、「次世代ボードミーティング」を毎週開催し、次のリーダー候補が経営課題に直接関わる機会を設けることで、主体性を持って働ける環境を整えています。
こうした施策によって、社員のエンゲージメントは2020年から2023年にかけて44%向上し、健康経営優良法人「ホワイト500」の認定も2年連続で取得できました。
ニッチな市場を開拓し、日本発のサービスを世界へ広げていく

ーー今後の事業展開についてのビジョンをお聞かせください。
桜井伝治:
現在の事業をベースにしつつも新たな領域にも展開していく。その一つの方向性は生成AIを活用したアプリケーション領域です。たとえば、規模は小さくても独自性の高い分野、たとえば美術館や博物館向けのデジタルガイドなど、世界各国で需要が見込まれるものに注力していきます。国内だけではニッチな市場ですが、世界に展開していこうと考えるとそれなりのボリュームのある市場となります。このような市場へのリーチがITのおかげで容易になってきています。「グローバルニッチ戦略」とも言うべき、世界を見据えた戦略で、日本発のサービスを広げていきたいと思います。
また今年は、ラスベガスで開催された「CES」という世界最大規模の展示会に出展をしました。この展示会には日本企業が約100社程度しか参加していない一方、韓国企業は1,000社以上出展しています。この現状を見ると、日本企業はもっと世界に打って出るべきだと感じますね。
編集後記
桜井社長のキャリアを貫くのは「挑戦」というキーワードだ。入社以来、技術開発、営業、マネジメントと異なる領域を経験し、組織改革や健康経営にも積極的に取り組む姿勢からは、常に前進し続ける経営者の姿が浮かび上がる。変わり続けることを恐れず、むしろそれを成長の糧とする経営哲学は、激変する時代に企業を導くリーダーシップの本質を表しているように思えた。

桜井伝治/1960年、長野県生まれ。早稲田大学法学部卒業。大学卒業後、日本電信電話公社(現:NTT)に入社。2008年、NTTコムチェオ株式会社の代表取締役社長就任。2014年にNTTコミュニケーションズ株式会社の取締役、2018年に同社常務取締役就任。2019年、NTTコムソリューションズ株式会社の代表取締役社長へ就任。2020年、日本情報通信株式会社の代表取締役社長に就任。社会保険労務士。経済同友会幹事・創発の会座長。東京都公立大学法人経営審議会学外委員。