※本ページ内の情報は2025年7月時点のものです。

再現性のある抽出理論「4:6メソッド」で世界に名を刻んだバリスタ・粕谷哲氏が、すべての人に特別なコーヒー体験を届けたいと立ち上げたのがPhilocoffea(フィロコフィア)だ。1型糖尿病を発症したことがきっかけでバリスタへ転身し、2016年にはWorld Brewers Cup(※)でアジア人初の優勝。現在も闘病を続けながら、経営・開発・メディア出演など多方面で活動している。そんな粕谷氏に、起業の経緯や事業に込める哲学、今後の展望について話を聞いた。

(※)World Brewers Cup:ハンドドリップなど動力を用いない器具で抽出したブラックコーヒーの美味しさを競う、世界最高峰の競技会。

「真似できる世界一」を目指して、逆算でつかんだアジア人初優勝

ーー粕谷社長がバリスタを志し、世界大会に挑戦した経緯を聞かせてください。

粕谷哲:
大学院を修了後にIT企業で勤務していたのですが、2012年に1型糖尿病を発症し、人生観が大きく変わりました。「好きなことをやって生きよう」という思いと、当時夢中になっていたコーヒー、そしてバリスタという肩書きに惹かれていたことが重なり、バリスタになるという決断をしたのです。

バリスタとしての第一歩は、地元・茨城のカフェでの勤務でした。働き始めて半年が経ったころ、グアテマラやホンジュラスの農園を訪れる機会をいただいたのです。そこで目にしたのは、一杯のコーヒーが商品になるまでに積み重ねられる工程と、生産者のさまざまな工夫や努力。次第にそれらを多くの人に伝えたいという思いが芽生えました。

しかし、当時働いていたのは小さなカフェです。発信力には限界があると感じた私は、まずは影響力を持つために日本一を目指そうと決意。大会に出場し、3度目の挑戦で日本大会を制します。そして2016年、World Brewers Cupでアジア人初の優勝を果たしました。

ーー競技大会の場で披露した「4:6メソッド」とはどのようなものだったのでしょうか?

粕谷哲:
当時の大会は、バリスタの技術力を誇示する場という印象がありました。でも私は、一般の人が家でも実践できる抽出方法を提案することこそがコーヒー業界全体の発展につながると感じたのです。

そこで考案したのが「4:6メソッド」。お湯を40%と60%の2段階に分けて注ぎ、前半で酸味と甘みのバランスを、後半で濃度を調整するというシンプルな手法です。この誰でも再現しやすい手法は、定量的な抽出という新しい考え方を業界全体に広めるきっかけとなりました。

「哲学とコーヒーの木」を屋号に、影響力を広げるための組織化

ーー起業に至った経緯や、社名に込めた思いについて教えてください。

粕谷哲:
個人の力で収益を上げ続けることには限界があり、いずれ影響力も失われていくでしょう。だからこそ、自身の影響力が大きいうちに売上を立てられる仕組みをつくっておき、本来取り組むべきことに集中できる体制を整えたいと考えました。そうした思いから2017年に株式会社Philocoffeaを設立し、翌年には1号店をオープンしました。

社名のPhilocoffeaは、私の名前でもある「哲=Philosophy」と、コーヒーの学名「Coffea(コーヒーノキ)」を組み合わせた造語です。これには、飲み物としてだけでなく、器具やコミュニティを含めたコーヒー産業全体を見据える存在でありたいという願いを込めています。

philocoffeaとして株式会社ダイオーズのアドバイザーなども担っています。また個人事業の「株式会社コーヒーのあるところ」も運営しており、ファミリーマートとの商品共同開発や、2024年4月には、株式会社ダイオーズジャパンとの合併会社「株式会社特別な珈琲体験を」を設立しました。個人としての活動がPhilocoffeaの認知拡大にもつながると考え、2つの事業を両立している状況です。

ECと実店舗の二刀流戦略「すべての人に届ける」挑戦

ーー販売チャネルや顧客への届け方について、どのような戦略を持っていますか?

粕谷哲:
弊社は、EC販売と実店舗の二本柱で展開しています。売上の約5〜6割を占める豆の販売のうち、半分ほどがオンライン経由での購入です。コーヒーは、多くの人にとって身近な飲み物。だからこそ、年齢やライフスタイルを問わず、あらゆる人によりよいコーヒーを届けたいという姿勢を大切にしています。

実店舗では、空間づくりから接客まで細部にこだわり、コーヒーの提供だけでなく、来店そのものが一つの“体験”になるよう意識しています。たとえば、階段を下りて店舗に入る瞬間からすでにストーリーが始まっている、そんな感覚を目指しているのです。

2025年3月には、東京・表参道に都内1号店をオープンしました。表参道駅から徒歩2分、「GREEN TERRACE 表参道」の地下1階に構えた新店舗では、ここだけの限定ブレンドやオリジナルグッズを展開しています。

「目を醒ませ、Tokyo」というコンセプトのもと、世界の最新トレンドを日本らしい解釈で発信し、国内外から訪れる人々に向けた情報発信拠点としての役割も担っています。

利益率と生豆購入量を成長指標に、設備投資とフランチャイズで拡大へ

ーー今後の事業展開について、どのようなビジョンを描いていますか?

粕谷哲:
売上・利益・生豆購入量の、3つの指標を伸ばすことを目標にしています。売上は市場からの評価を表し、利益は従業員への還元や再投資のために不可欠です。そして、生豆の購入量は、生産地に対する貢献の指標にもなっています。

これらの目標を達成するために特に注力しているのが、EC分野です。すでに高い収益性を上げていますが、焙煎所を現在の5倍規模に拡張し、生産性の向上を図る予定です。焙煎後の豆から不良品を取り除くピックアップ作業についても、1000万円を超える選別機を導入する計画が進んでおり、手作業に頼らない効率的な体制を整えます。こうした生産体制の強化とともに、「あらゆる場所に特別なコーヒー体験を届ける」というミッションの実現に向けて、フランチャイズ展開も視野に入れています。

編集後記

「再現性のある世界一」という哲学を軸に、誰にでも届くコーヒー体験を追求する粕谷哲氏。事業と文化の両面から日本のコーヒーシーンを進化させていく姿勢が、印象的だった。

粕谷哲/1984年生まれ、茨城県出身。青山学院大学大学院修了後、IT企業に就職。1型糖尿病を発症したことがきっかけでコーヒーに目覚め、2013年にバリスタへ転身。2016年、World Brewers Cupでアジア人初の優勝を果たす。現在は株式会社Philocoffea代表取締役、個人事業の「株式会社コーヒーのあるところ」代表取締役、株式会社ダイオーズジャパンとの合弁会社「株式会社特別な珈琲体験を」取締役として活動中。