
愛知県名古屋市で111年の歴史を刻む株式会社くすむら。木曽川の伏流水と国産大豆にこだわり、伝統の味を守りながら「寄せ豆腐」といった革新的な商品を展開してきた。近年は弁当や飲食事業も手がけ、豆腐の新たな可能性を追求する。厳しい豆腐業界で独自の戦略を貫き、成長を続ける同社の5代目、柘植一憲社長に話を聞いた。
創業からの歩みと5代目としての原点
ーー貴社の創業と、柘植社長が家業を継がれた経緯をお聞かせください。
柘植一憲:
弊社は初代の柘植巳之助が111年前に東区葵町で創業しました。私が物心ついた頃は実家の奥に工場があり、社員は家族同然の間柄でした。幼い頃から「お前は5代目だ」と言われ続け、自然と家業を意識していました。幼稚園の卒業アルバムには「大きくなったらお豆腐屋さんになりたい」と書いたほどです。
父から「まずは外に出て、組織を学んでこい」と言われ、大学卒業後、愛知県のせんべいメーカーに1年間勤務しました。その1年間は東海豪雨の年で、緊急対応も多く本当に大変でした。しかし今振り返ると、その1年の経験が私の仕事の原点になっています。
その後、くすむらに戻り、入社直後は配送業務を担当し、約300軒の飲食店へ豆腐を配達しました。20代後半には製造部門へ移り、「日本一おいしいお豆腐を作るんだ」という気持ちで、日々豆腐作りに専念していました。
日本一の豆腐を目指す くすむらのこだわり
ーー「日本一おいしいお豆腐」へのこだわりについてお聞かせください。
柘植一憲:
まず、製造に使う水にこだわっています。弊社の工場では地下からミネラルを豊富に含んだ木曽川の伏流水を汲み上げており、これが味の基礎となります。次に国産大豆。価格が高くとも、糖質が高く甘みのある豆腐ができる国産にこだわっています。そして、にがりを使い、水にさらさない「寄せ豆腐」をこの地方でいち早く手がけ、大豆本来の風味を活かした豆腐を提供しています。この商品は「何もつけなくてもおいしい」とお客様に評価いただいています。
ーー社長ご自身が開発に携わった商品で、特に印象的なものはありますか。
柘植一憲:
竹皮で編んだ容器に入った豆腐です。1個1,000円と高価でしたが、大豆のうまみと香りを凝縮させ、贈答用としてもご好評いただきました。2008年、この商品が日本経済新聞で紹介されたことで、くすむらの知名度は一気に高まりました。「美味しい豆腐作りに専念していれば、必ず評価してくださる方がいるのだ」と実感するきっかけとなりました。
社長就任と「くすむらブランド」の確立
ーー社長に就任されてから、特に力を入れてこられたことは何でしょうか。
柘植一憲:
就任してから一貫して「くすむらブランドを全国的に広めたい」と考えています。日本経済新聞で取り上げられたものの、まだまだ一般に認知されるまでには至っていないのが現状です。「名古屋」「豆腐」「くすむら」どのワードから見ても誰もが連想するブランドに育てたいです。
また、豆腐を使った惣菜や弁当、飲食事業も展開しています。さまざまなシーンで楽しんでいただけるよう、豆腐の多様な可能性を追求しています。
ーー貴社の経営理念についてお聞かせください。
柘植一憲:
経営理念として「四つの満足と幸せ」を掲げています。お客様、従業員、取引先、会社の満足と幸せがすべてうるおい、成長していくことを目指しています。
そして、私たちの使命は「安全でおいしい、こだわりの豆腐を通じて、健康で豊かな食生活のお手伝いをする」こと。また、「お客様のお困りごとを解決する」ことが仕事の本質だと考えています。
変化への挑戦と未来への展望

ーー厳しい豆腐業界で、どのような戦略で事業を展開されていますか。
柘植一憲:
豆腐を極め、価値を付けて適正な価格で売ることを重視しています。弊社は昔から安売りをせず、百貨店でも通用する品質にこだわってきました。お客様のニーズを捉えた商品開発も重要で、最近では「湯葉だし巻き弁当」や月替わりの在来大豆を使った豆腐「おぼろ豆腐 縁(えにし)」が好評です。これまで豆腐店に足を運ばれなかった新しいお客様にも魅力を感じていただけるよう、常に新しい取り組みや商品を提案し続けていきます。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
柘植一憲:
一つは、豆腐を国内だけでなく海外にも広めたいと考えています。健康志向の高まりを背景に、豆腐の需要は世界的に増加しています。実際に、日本からの輸出額も伸びています。以前、弊社でも香港に豆腐を輸出していた経験があり、海外でも豆腐文化が認められつつあると感じています。豆腐は食の禁忌が少ない「ミラクルな食品」です。その可能性を信じ、次の世代に事業を繋いでいくことが私の使命です。
その入口として、中部国際空港に「田楽茶屋くすむら」というお店をオープンしました。この店を豆腐文化の海外への発信拠点として活用します。そして将来的には、名古屋を訪れた際の目的地の一つとなるブランドに育てたいですね。
編集後記
創業111年の老舗ながら、常に新しい挑戦を続ける株式会社くすむら。柘植社長の言葉からは、豆腐への深い愛情と顧客への真摯な思いが伝わる。素材へのこだわりと時代のニーズを捉える柔軟性で道を切り拓き、日本の豆腐文化の価値を名古屋から世界へと発信する同社の未来に期待したい。

柘植一憲/1978年、愛知県名古屋市生まれ。中京大学経営学部卒業。2001年に株式会社くすむらに入社、配送、製造業務を経験。2016年、代表取締役社長に就任。現在は、豆腐教室の開催など地域の食育活動にも精力的に参加し、豆腐文化の普及に努めている。