
1913年に創業した北條製餡株式会社。あんこ造りで培った「煮る・炊く・蒸す」の技術を生かし、ゼリーやジャムなどの食品応用分野にも進出してきた老舗企業だ。近年のヒット商品は、なんと「手搾りモンブランクリーム」。代表取締役の北條宏明氏に、就任後の取り組みや商品開発の裏側、今後の展望をうかがった。
期待の跡継ぎとして家業の製餡会社を改革
ーーいつ頃から家業を継ぐことを考えていたのでしょうか。
北條宏明:
物心ついた頃から、いずれは家業を継ぐものだという雰囲気が家庭内にありましたね。 その影響で、小学校の卒業文集にも「将来は北條製餡の社長になる」と書いていたほどです。
特に、祖父母の期待に応えたいという想いが、自然と私の背中を押してくれました。ただ、すぐに家業に入るのではなく、まずは社会の多様な価値観に触れ、幅広い知識や人脈を築きたいと考え、大学卒業後は別の道を歩みました。
家業に戻る前の2年間は、製餡の本場である京都や名古屋のメーカーで修業を積み、技術と知見を深めることに専念しました。
ーー2009年に入社してからの経験もうかがえますか。
北條宏明:
最初の3年間は、製造の現場に立ちながら、自らお客様のもとへ商品を届け、その生の声に耳を傾ける日々でした。その後、工場全体を統括する立場となり、組織として成長する必要性を痛感。 マネージャー職の育成や、属人的な製造体制の改革など、多岐にわたる改革に着手しました。
しかし、本当の試練は2015年の工場移転後に訪れました。そこからの5年間は、まさに苦難の連続。 新工場の設備トラブルに、ベテランと若手社員の衝突。次々と起こる問題は製品の品質にも影響し、ついには長年お付き合いのあった最大のお得意先を失い、年間売上は1億円以上も落ち込んでしまいました。2017年頃は、会社の存続自体が危ぶまれる状況でしたね。
この危機を前に、私自身が工場長と専務を兼任する形で、経営の舵取りに深く関わることを決意しました。会社が進むべき道を必死に模索する中、 コロナ禍という未曾有の逆風にさらされながらも、私たちは歩みを止めませんでした。地道な改革の積み重ねが実を結び、3年連続で売上を伸ばすという結果につながったのです。
「他社がやらない挑戦」として業務用マロンペーストを開発

ーー売上がアップした最大の理由は何でしょうか?
北條宏明:
これまでの製菓製パン業界のOEMに加えて、新たに洋菓子業界にも受け入れられる本格マロンペーストを開発しました。
あんこ屋がつくる商品といえば、餡を生かしたお菓子が一般的です。たとえば、マロンペーストにしても、あんこ屋はそこに餡を入れようとします。そうではなく、「私たちの持つ技術と設備で、お客様を喜ばせるために何ができるか」という視点で、全く新しい可能性を模索し始めたのです。
そして完成したのが、餡を全く使わない業務用の「マロンペースト」です。製菓製パン業界ではレッドオーシャンだからこそ、ただ美味しいだけのものを作っても、熾烈な価格競争に巻き込まれてしまいます。会社が生き残るためには、「他にはない」という点で付加価値を生み出し、どんな市場に向けて何を売るかを考えていかなくてはなりません。
だからこそ、古くからのお取引も大切にしつつ、できることを増やしていく2本柱が今の弊社の強みですね。
ーーマロンペーストについて、開発秘話も教えてください。
北條宏明:
今展開をしている「Barron」は、開発直後3年連続でモンドセレクション金賞を受賞した人気商品で、売り上げ比率の約15%を占めています。小豆以外の原料を扱うのは初めてだったので、おいしく仕上げるまでにとても苦労しました。栗の本来の味を生かした、日本人の舌に合うマロンペーストとして、現在は大手洋菓子チェーン店などで採用されています。
次に着目したのは、人手不足で困っている外食業界です。搾り出すだけで本格的なモンブランをつくれる、口金付きの手搾り袋に入ったマロンペーストも開発しました。プロのパティシエだけでなく、ファミリーレストランで調理するセミプロをターゲットにしたところ、「おいしくて簡単・便利」と大好評です。まだまだ開拓できる市場があると思っています。
付加価値の提供と利益の循環で「人々を幸せにする会社」に
ーー社内の雰囲気や育成方針もうかがえますか。
北條宏明:
社員の定着率が高く、家族のような温かい雰囲気があるのが特徴です。この居心地の良さは大切にしつつ、社員一人ひとりがより高い目標に挑戦できるような、良い意味での「張り合い」も生み出したいので、「出る杭を伸ばす」という方針もあります。
「出る杭」といっても、謙虚でいることの大切さと感謝の気持ちを忘れないことが大切です。そういう人が周りから応援してもらえて、リーダーシップを発揮できるのだと、自身や社員にも言い聞かせています。
私は困難な状況でも前向きに進んでいける、精神的な強さを持った人材が増えるほど、組織としての底力も増していくと確信しています。 社員が失敗を恐れずに、明るく前向きに新しい挑戦ができる、そんな環境づくりに力を入れていきたいです。
ーー今後の展望をお聞かせください。
北條宏明:
今後も新しい商品を積極的にマーケットに送り込み、「オンリーワンのあんこ屋」を目指したいと思います。数字の目標としては、2028年には年間売上高10億円を達成したいところです。
私の使命は、社員やそのご家族、お客様、商品を手に取るエンドユーザーといった、北條製餡に関わるすべての人に幸せを提供する会社づくりです。利益をしっかり還元していき、社員が誇りに思える会社となれば、社会にも必要とされる。会社が潤うことで、さらに社員に還元できる好循環を維持するためにも、時代に合った付加価値のある商品をつくり続けます。
さらに現在は海外展開も視野に入れ、MADE IN JAPANだからこそ提供できる価値を検討中です。失敗を恐れずに挑戦する私たちに共感し、共に未来をつくっていきたいと願う方と、ぜひ一緒に働きたいですね。
編集後記
老舗の製餡会社でありながら、洋菓子原料づくりにチャレンジし、「ありそうでなかった商品」を生み出してきた北條製餡。長きにわたり培ってきた技術力と現場の対応力、顧客を喜ばせる新しいアイデア。それらが見事にかけ合わさった戦略は、新たな可能性を切り拓くものだ。

北條宏明/