
東京・上野の地で、長年にわたり多くの顧客に愛され続ける婦人服専門店を営む、株式会社和光ハトヤ。アットホームなおもてなしと、自社物件という強みを活かした他社とは一線を画す低価格戦略で、独自の地位を確立している。
常に新しい商品が魅力的な価格で提供され、顧客にとっては「宝探し」のような楽しみに満ちたハトヤ。近年はPOSレジと顧客会員システムを導入し、2万人に迫る会員のニーズを的確に捉え、30代など新たな顧客層へのアプローチも開始した。代表取締役社長の桜井正人氏に、そのユニークな経営戦略から地域貢献やアートを取り入れた未来への展望について話を聞いた。
美術への夢から家業へ 多様な経験が磨いた経営観
ーー桜井社長の入社までの経歴をお聞かせください。
桜井正人:
本当は美術系の大学に進んで、美術の知識や見識を深めたいという思いがあったのですが、残念ながら叶いませんでした。その後は目標を見失ったような状態で、アルバイトを転々としていました。カメラが好きだったのでカメラ屋さんで働いたり、雑貨屋、洋服屋、バーテンダー、ホテルの仕事など、本当に色々なことを経験しました。
そうした生活を送る中、22歳の頃に父から「ふらふらしているくらいなら、家業に入って一人前を目指さないか」と声をかけられました。正直、その頃は特にやりたいことも見つかっていなかったので、一つの転機だと思い、入社したのです。
入社して最初に配属されたのは販売の現場でしたが、当時22歳の私にとって、店頭に並ぶ商品は「年代を感じるファッションだな」という印象で、もっと若い世代にも魅力的に映るようなお店にしたいと強く感じたことを覚えています。
ーーバイヤーとして培った経験を教えてください。
桜井正人:
25歳くらいでバイヤーになったのですが、自分のセンスで「素敵だ」と思う若い世代向けの洋服を仕入れても、当初は全く売れませんでした。理由の一つは、お店の主な顧客層と当時の私の年齢が離れていたことから生まれる価値観の違いだったと思っています。
それでも諦めずに、当時流行していた渋谷の「109(イチマルキュー)」のような雰囲気を取り入れたり、若い方向けのいわゆる「ヤングゾーン」を確立しようと試行錯誤を続けました。その中で、たとえば少しセクシーなデザインのドレスなどは、意外にも年齢層が上のお客様でもサイズが合えば購入してくださるという発見もありました。そうして少しずつですが、新しいお客様に支持していただけるようになり、任された予算を達成できた時の喜びは大きかったですね。
ハトヤ流のおもてなしと価格戦略

ーー貴社が大切にしていることをお聞かせください。
桜井正人:
私たちが大切にしているのは、第一に「アットホームなおもてなし」です。お客様に気軽にお店に入っていただき、ゆっくりと商品を見ていただけるような雰囲気づくりを心がけています。
そして「手頃な価格で価値ある商品を提供すること」、さらに「この上野の地域に貢献し、地域で一番の店であり続けること」。この3つの価値を追求し続けることが、多くのお客様にご支持いただけている理由だと考えています。
弊社の店舗は、自社所有の物件です。つまり、テナント料を商品価格に上乗せする必要がないため、その分お客様にお求めやすい価格で提供することが可能になっています。これは、長年この地で商売を続けてきた私たちならではの強みだといえるでしょう。
「常にバーゲン」が生む熱気と顧客との絆
ーー「常にバーゲンをしているような状態をつくる」ことで、リピーターのお客様を増やしているとうかがいました。
桜井正人:
私たちは仕入れた商品を最後まで売り切ることを基本としています。たとえば、ある商品を3000円で販売開始しても、1ヶ月後に売れ行きが芳しくなければ、店内のバーゲン会場に移動させて1000円といった価格で販売することもあります。このバーゲン会場は月に一度、商品の入れ替えをしており、初日には開店前から100人ほどのお客様がお待ちになっていることもあります。
多くのお客様が「掘り出し物」を求めて、まるでパトロールのように頻繁に足を運んでくださいます。一般的なお店が年に数回のセールでしか大幅な値引きをしないのに対し、私たちは年中何かしらの値引きを行っています。このいつ行っても「お得なものがあるかもしれない」という期待感が、リピーターのお客様を増やしているのだと思います。
ーーポスレジや顧客会員システムを導入によって、どのような変化がありましたか。
桜井正人:
3年ほど前に会計作業に加えて売上や在庫管理などが行えるPOSレジを導入し、同時に顧客会員システムもスタートしました。おかげさまで会員数はまもなく2万人に達しようとしています。
現在、年間約19万人のお客様にご来店いただいており、その売上の45%は会員様によるものです。これらのデータを分析することで、お客様の年齢層や購買傾向など、これまで漠然としか把握できていなかったことが具体的に見えてきました。この情報は、今後の品揃えや店舗運営を考える上で非常に重要なものとなっています。
ハトヤの未来図 30代へのアプローチとアートが息づく街上野
ーー今後の展望をお聞かせください。
桜井正人:
現在の主な顧客層は50代が中心で、全体の約70%を占めています。一方で30代のお客様はまだ10%程度です。今後はこの30代の層にもっと積極的にアプローチしていきたいと考えています。30代の方々が魅力を感じるような商品を意図的に増やしていきます。30代向けの感度の高い商品は、上の世代の方が着ても決して見劣りするものではありませんから、結果として顧客層の幅を広げられるのではないかと期待しています。
また、私が社長に就任したのは2年前ですが、衣料品という枠にとらわれず、お客様の生活を豊かにするサービスを提供していきたいという思いがあります。
上野は美術館が多く「アートの街」という側面も持っています。この地域性を活かして、アート作品の展示場所を提供したり、若手アーティストの支援をしたりすることで、新たなブランディングができるのではないかと考えています。もちろん、これまで通り上野の街自体を盛り上げる地域貢献活動にも積極的に参加し、街全体の活性化に貢献することで、結果として当店にもお客様が足を運んでくださる、そんな好循環を生み出していきたいです。
編集後記
上野の地で確固たる存在感を放つ株式会社和光ハトヤ。桜井社長の言葉からは、変化を恐れず新しいことに挑戦し続ける柔軟な姿勢と、顧客そして地域への深い愛情が感じられた。バイヤーとして多様な現場経験で培われた独自の経営哲学と、アートという新たな視点を取り入れた今後の展開は、老舗の枠組みを超えた可能性を秘めている。同社の次なる一手から目が離せない。

桜井正人/カメラ店、雑貨店、洋服店、バーなどさまざまなアルバイトを経験した後、22歳で株式会社和光ハトヤに入社。現場の販売員からキャリアをスタートし、仕入れのバイヤー、総務人事、経理と多岐にわたる部門を経験。2023年、先代から事業を承継し、代表取締役社長に就任。