※本ページ内の情報は2025年7月時点のものです。

ドイツの温浴文化「クア」と出会い、その思想に深く感銘を受け、日本の温浴・スパ施設のコンサルティングとプロデュースをしてきた、テルマリウム株式会社・取締役社長の粟井英一郎氏。大磯プリンスホテルの再生をはじめとする数々のプロジェクトでは、海外の最新トレンドと独自のノウハウを融合させ、新しい価値を創造した。今回は、粟井氏が語る「クア」思想の本質、品質への徹底的なこだわり、そして日本における温浴文化の未来への挑戦と展望を明らかにする。

ドイツでの運命的な転機

ーーこれまでのご経歴について、教えてください。

粟井英一郎:
大学卒業後、日本でタイルを製造し、ヨーロッパからもデザインタイルを輸入する会社に就職しました。当時のタイルは、主に機能性を重視した「衛生タイル」が主流でしたが、ヨーロッパのタイルメーカーは装飾性の高いデザインタイルを扱っており、バレンチノなどの有名デザイナーが手がけた製品もありました。そうしたデザイン性の高いタイルの販売をしていました。

同時に、プール用タイルも開発しており、ドイツ製の特殊なタイルは、当時のオリンピック公認プール建設に不可欠な商品。ミュンヘンオリンピックやソウルオリンピックのプール建設にも使用されていました。そのタイルを使用した競泳プールの施工も行っていました。

ーー起業に至る転機は何だったのでしょうか。

粟井英一郎:
ドイツのタイルメーカーを訪れた際、彼らから「もう競技用プールをつくらない」と聞き、衝撃を受けました。ドイツでは第二次大戦後、国民の健康増進策「ゴールデンプラン」のもと多くのプールが建設されましたが、利用率の低さや維持コストの高さから、公共の競技用プールは非効率的だと判断されたのです。その代わりに彼らが注力していたのが、泳げない人も含め誰もが水中で健康になれる「自由時間プール」でした。

さらに、ドイツには「クア」という思想があり、自然の力を利用して自己治癒力を高める温泉療法など自然療法が根付いていました。この「クア」思想と、その延長線上にある自由時間プールの考え方に強く惹かれ、日本でこの分野を切り拓きたいと考えるようになり、会社を辞めて独立する決意をしました。

日本における「クア」思想の導入と挑戦

ーー起業当初、日本市場での反応はいかがでしたか。

粟井英一郎:
当時はフィットネスクラブの全盛期で、どの施設にもプールがありました。そこで私は、ドイツの「クア」思想を取り入れた新しい形のプールを提案しましたが、なかなか受け入れられませんでした。フィットネスクラブの運営者は、あくまで運動や水泳そのものを重視しており、ジェットバスや温泉水を利用したリラックス効果など、パッシブな健康増進にはあまり興味を示さなかったのです。ホテルのスパに対する認識もまだ低く、苦労しましたね。

しかし、海外の事例や情報を積極的に取り入れ、それらを日本市場に合わせた形で提案するようにしたところ、徐々に理解者が増えていき、少しずつ実績を積み重ねることができました。また、インターネットの普及も追い風となり、弊社のホームページや事例を見たお客様からのお問い合わせも増えました。

テルマリウムの強みと事業の核心

ーー貴社の事業内容について教えてください。

粟井英一郎:
主な事業は、ホテルや温浴施設に関するスパエリアのコンサルティング、そしてドイツやオーストリアなどヨーロッパからのスパ・温浴関連システムの輸入販売、及びそれに伴う工事です。弊社の強みは、これらの企画から設計、実際の機器導入、工事までをトータルでプロデュースできる点です。サウナ、プール、トリートメントなど、各分野の専門業者はいますが、温浴施設全体を深く理解し、海外の最新情報と事例を踏まえて最適な提案ができる会社は、国内では他にないと自負しています。

弊社の代表的な事例として舞浜ユーラシア・シークエンス京都五条・大磯プリンスホテルがありますが、海外の成功事例、オーストリア「Jagd hof」やドイツ「medetarana」なども参考に、魅力的な施設づくりを心がけました。

シークエンス京都五条は「世界のZ世代に向けてのニュースタイルのホテルスパ」を提供するというテーマで提案から施工までを行いました。

品質へのこだわりと未来への展望

ーー品質に対して、どのようなこだわりをお持ちですか。

粟井英一郎:
私たちが手がける施設、特にラグジュアリーホテルなどのスパは、世界トップレベルの品質を目指しています。それは単に高価な材料を使うということではなく、小さな技術の積み重ねと、利用者が心から快適だと感じる空間を追求することです。ヨーロッパの取引先から最新の技術や情報を常に吸収し、それを自分たちで昇華させています。

手間やコストがかかっても、本当に良いものをお客様に提供するというスタンスは譲れません。海外の展示会に足を運んだり、海外の取引先の最新事例を学んだりすることも、情報という価値を購入していると考えています。

ーー今後の事業展開やビジョンについてお聞かせください。

粟井英一郎:
人材育成は重要なテーマの一つです。専門知識と広い視野を持つスタッフを社内で育てていくことが、弊社が唯一無二の存在であり続けるために不可欠です。現在は、建築や設計の経験者を中心に採用しています。

また、新商品開発や新技術開発も継続的に行い、既存技術の新しい用途も追求していきます。将来的には、ヨーロッパにあるようなメディカルスパやヘルスファームといった、日本にはまだ本格的に導入されていない新しい業態のスパ開発・運営も手がけていきたいですね。

そして、この分野において圧倒的に勝つ会社であり続けたいです。弊社の持つノウハウと提案力で、お客様に最高の価値を提供し続けることが目標です。そのためにも、安易な拡大よりも、内部のクオリティをさらに高めていくことに注力していきます。

編集後記

「クア」という思想との出会いが、粟井氏の人生を大きく動かし、日本の温浴文化に新たな風を吹き込んだ。その根底には、単に流行の施設をつくることではなく、人々の健康と本質的な癒やしを追求する真摯な姿勢がある。タイルという素材への深い理解から始まり、ヨーロッパの進取の気性に触れ、独自のノウハウを築き上げてきたテルマリウム。同社が描く未来の温浴施設は、私たちの心と体に、より深い充足感をもたらしてくれるに違いない。

粟井英一郎/1954年9月14日生まれ。龍谷大学卒業後、志野陶石に8年間在籍。1987年、サニタス総合研究所の設立に参加。その後、テルマリウム株式会社へ社名を変更し、同社代表取締役に就任。2020年より株式会社リラインスグループの一員となる。