※本ページ内の情報は2025年8月時点のものです。

大阪・道頓堀で、こだわりのたこ焼きを提供する株式会社くれおーる。秘伝の生地と独創的なメニューで多くの人を惹きつけている。代表取締役社長の加西幸裕氏は、母親が始めた店を継ぐという運命を「キャリアを迷わなくて済んだ」と前向きに捉え、覚悟を決めて商いの道へ進んだ。コロナ禍という逆境すら「筋トレ期間」と呼び、未来への力に変える。その根底にある「食を通して未来社会に貢献する」という熱い思いと、事業のこだわりに迫る。

「迷わなくて済んだ」母から継いだ商いの道

ーー飲食の世界に入られたきっかけは何だったのでしょうか。

加西幸裕:
高校生の時に母がたこ焼き屋を開業し、それを一緒に手伝ったのが始まりです。正直なところ、私にはその道を継ぐ以外の選択肢がありませんでした。しかし、それを否定的に捉えず、むしろ「人生でキャリアに迷わなくて済んだ」と肯定的に考えるようにしたのです。

他の道に進みたいという思いを振り切り、この道で生きていくと覚悟を決めました。すると、物事の見え方が変わり、何事も前向きに取り組めるようになりました。提供するものがたこ焼きであれ何であれ、お客様に喜んでいただくという事業の軸だけは、決してぶれないようにしようと心に誓いました。

ーーお客様との交流の中で、特に心に残っているエピソードがあれば教えてください。

加西幸裕:
道頓堀に出店して間もない頃、3年間1日も休まず働いていた時期に出会ったドイツ人のお客様のことは、今でも忘れられません。カップルで来店され、日本のたこ焼きを大変喜んでくださったのです。

その出会いから3年連続で、日本に来るたびに私たちの店へ顔を出してくれるようになりました。ある年には、以前私と一緒に撮った写真をプリントしたTシャツを着て来てくれたのです。私たちのたこ焼きと接客が国境を越えて人の心を動かせると実感し、この仕事の素晴らしさを改めて感じるきっかけとなりました。

伝統と創造が生む唯一無二のたこ焼き

ーー貴社の事業内容をお聞かせください。

加西幸裕:
現在は、たこ焼きやお好み焼き、ステーキといった業態の飲食店を大阪と東京で13店舗運営しています。また、お店の味を家庭でも楽しんでいただけるよう、冷凍食品やオリジナルのたこ焼き粉の販売も行っています。

中核であるたこ焼きには、強いこだわりがあります。生地は創業以来受け継がれる秘伝のブレンド粉を使用し、水分を多めにすることで、冷めても美味しいとろりとした食感を実現しました。調理に使う鉄板も熱伝導を計算し尽くした鉄素材の特注品です。銅板にはない、じっくりと火が通ることで生まれる香ばしさが自慢です。味のバリエーションを豊富にそろえたり、旗などの装飾で見た目にも楽しんでいただいたりするのも、私たちのこだわりです。

ーー「くれおーる」という社名には、どのような思いが込められているのでしょうか。

加西幸裕:
「くれおーる」は、ラテン語で「創造」を意味する言葉からきています。その名の通り、私たちは常に新しい食の可能性を追求しています。最近ではJTB様と協業し、宗教や信条などの理由で食事に制限がある方でも楽しめる「プラントベース(植物由来)」のレストランを立ち上げました。「外食は諦めていた」というお客様が、私たちの店舗でラーメンや串カツをおいしそうに召し上がる姿を見た時、この事業の意義を強く感じました。伝統を守りつつ、時代のニーズに合わせて新しい価値を創造し続けることが私たちの使命です。

コロナからの復権へ 未来を拓く「筋トレ期間」

ーーコロナ禍という大きな困難には、どのように向き合われましたか。

加西幸裕:
社長に就任して3年ほどでコロナ禍に見舞われ、売上は95%減少しました。正直、毎晩眠れないほどの厳しい状況でした。そんな時、会長である母から「今を生きる誰もが経験したことのない事態だ。だから答えなんてない。自分のやりたいように思い切ってやりなさい」という言葉をかけられました。この言葉に背中を押され、腹をくくることができたのです。今はこの苦しい時期を、次なる飛躍のための「筋トレ期間」と捉えています。

ーー「筋トレ期間」を経て、どのような未来を描いていますか。

加西幸裕:
まずは、コロナ禍で受けたダメージから完全に回復することです。その上で、新しい挑戦を続けていきます。最近ではSNSマーケティングを学び、TikTokのような新しい媒体を活用した販売戦略にも力を入れています。また、仕入れ体制を強化して経営の基盤を固めながら、将来的には海外にも展開していきたいという強い思いがあります。

全ての活動の根底にあるのは、「食を通して未来社会に貢献する」というビジョンです。この思いを実現するために、これからも私たちは創造し、挑戦し続けます。

編集後記

母親から継いだ店を、世界を見据える企業へと成長させる加西氏。その原動力は「継ぐしかなかった」という運命を「迷わなくて済んだ」と捉え直し、覚悟を決めたポジティブな精神にある。コロナ禍という未曾有の危機さえも「筋トレ期間」と呼び、次なる成長の糧に変えようとする姿は力強い。伝統の味への徹底したこだわりと、プラントベースのような新しい価値を創造する柔軟性。その両輪で、くれおーるはこれからも多くの人を惹きつけるに違いない。

加西幸裕/1981年4月18日大阪府大阪市生まれ。摂南大学卒業後、株式会社くれおーる専務取締役に就任。2018年2月、代表取締役社長に就任。道頓堀商店会副会長も務める。