
蛇口から水が出る。雨が降っても街は浸水しない。そんな当たり前の日常を支える村上建設工業株式会社。同社は愛知県を拠点に上下水道の整備や河川工事など、公共インフラ事業に特化した事業を展開している。土木工事を通じて市民の命と暮らしを守り続ける同社の代表取締役社長、村上欽哉氏に話をうかがった。
部下を守る上司の姿からプロ意識とリーダーシップを学んだ
ーーまず、建設業界を選んだ理由は何だったのでしょうか。
村上欽哉:
私が建設業界に進んだのは、周囲の環境が大きく影響しています。祖父が創業した弊社の近くで育ち、重機や作業員の方々に囲まれる日常の中で、業界への愛着が自然と芽生えていました。そのため、大学は京都大学工学部の土木工学科に進学し、卒業後は修行という位置づけで五洋建設株式会社に入社しました。
五洋建設では主に設計や積算に携わり、厳しい上司の下で技術とともに仕事に対する姿勢を学びました。そして約4年間にわたって経験を積んだ後、弊社に入社し、3代目としての道を歩み始めたのです。
2012年に代表取締役社長に就任しましたが、すでに確立された組織文化の中で変革を進めることに苦労もありました。しかし、時間をかけて社員との信頼関係を築きながら、徐々に自分なりの経営スタイルを形づくってきました。
ーー前職のご経験から得られた学びについてお聞かせください。
村上欽哉:
最も大きな学びは、プロフェッショナルとしての仕事への向き合い方です。当時の上司は「仕事を成し遂げる」という強い意識を持ち、妥協を許さない姿勢で私を指導してくれました。またその方は、ときに上層部とぶつかってでも部下を守るという姿勢を貫いていました。その姿を見て、「真のリーダーとは部下を守り、導いていく人だ」と感じたことを覚えています。
市民の生活基盤を守り続ける事業への揺るぎない誇り

ーー事業内容について教えてください。
村上欽哉:
創業以来、公共土木工事を中心に事業を展開しています。土木工事とは、道路や上下水道、河川など社会インフラの整備を行う仕事。日常生活において、水道の蛇口をひねれば水が出る、下水が滞りなく排出される、大雨が降っても町が水没しないといった当たり前を支えているのが土木工事です。
事業における弊社の強みは、高い技術力だと自負しています。公共工事が終了した際、工事の品質を総合的に評価して優れた企業を表彰する制度があるのですが、弊社は常に100点満点中80点以上の高評価を獲得しています。確かな施工品質で公共インフラを支え、社会に貢献することが弊社の使命だと考えています。
ーー印象に残っている現場のエピソードをお聞かせください。
村上欽哉:
大きな震災があった際、石川県の水道復旧工事に携わった経験が忘れられません。緊急要請を受けてチームを派遣し、被災地の水道インフラ復旧に取り組んでいたときのことです。被災地にあるコンビニでお茶を買った際に、店員の方を元気づけようと「直るまでもう少し待ってくださいね」と声をかけたところ、「復旧に来てくれて本当にありがとう」と涙を流して喜んでくれたのです。
その瞬間、「私たちの仕事は、人々の命と暮らしを守る大切な仕事だ」と改めて実感しました。この経験は、私だけでなく社員全員の仕事への誇りと使命感を強める貴重な機会となりました。
「ありがとう」の循環を未来につなげていく
ーー貴社ならではの文化づくりにおいて、特に重視していることは何ですか?
村上欽哉:
私が最も重視しているのは、お互いを認め合い、感謝し合う文化の醸成です。社長に就任した当初は、社内には厳しさで育てる文化が根付いていましたが、そうした文化は現代では受け入れられにくくなっています。
そこで、コーチング理論を取り入れた社員研修を実施し、「ありがとう」の言葉を大切にする改革を進めてきました。この改革は容易ではありませんでしたが、明るく前向きな姿勢を示し続けることで、社内に笑顔が増え、離職率が下がり、若い世代の社員が増えるという具体的な成果が現れました。「良い社長がいる会社には、良い人材が集まる」という信念のもと、これからも誠実な経営を心がけていきたいです。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
村上欽哉:
人材育成と採用強化に力を入れる方針です。弊社では工業高校の新卒採用に加え、ベトナムなどからの外国人技術者の受け入れも積極的に進めています。多様なバックグラウンドを持つ人材が、互いに学び合いながら成長できる環境を整えることが、会社の基盤を強くすると考えているからです。
また、評価制度の見直しも進めており、社員一人ひとりの貢献が正当に評価される制度づくりに注力しているところです。こうした取り組みを通じて、お互いに感謝し合い、誠実に仕事に向き合う企業文化を未来につないでいきたいと思います。
編集後記
取材中、村上社長が口にした「当たり前を支える」という言葉が印象に残った。私たちが無意識に享受している日常の裏側には、高度な技術と使命感を持った技術者たちの存在がある。目の前の工事だけでなく、そこに暮らす人々の日常まで思いを馳せる姿勢に、村上社長の誠実な経営哲学を見た。

村上欽哉/1970年、愛知県名古屋市生まれ。京都大学工学部土木工学科卒業。大学卒業後、五洋建設株式会社に入社。約4年間にわたって設計や積算に携わり、1998年、村上建設工業株式会社に取締役として入社。2012年、3代目として同社代表取締役社長に就任。