
物流業界向けに倉庫管理システム(WMS)を開発・提供する株式会社シーネット。同社は「クラウド」という言葉が浸透する以前から、インターネット経由でサービスを提供するビジネスモデルをいち早く確立した業界の先駆者である。その根底には、創業者が米国で目の当たりにした先進的な仕組みと、それを日本の現場に合わせて進化させてきた信念が存在する。同社を率いる代表取締役社長、小野崎伸彦氏に、これまでの軌跡と、AIやロボティクスといった新技術で見据える物流の未来について話を聞いた。
営業トップから米国へ キャリアの原点と大きな転機
ーーこれまでの経歴についてお聞かせください。
小野崎伸彦:
大学では化学工学を専攻していたため、本来はプラント設計の道に進みたかったのですが、当時は就職が非常に厳しい時代でした。最終的にご縁があったのが、IT企業の日本NCRです。システム営業という職種でしたが、実質的には営業で、食品流通の営業部門に配属されました。優秀な同期が多かったので、負けたくないという思いが非常に強く、懸命に働きました。その結果、ありがたいことに6年間、毎年目標を達成し続けることができました。
6年間営業として数字を追い続ける中で、ある程度やり切ったという思いがありました。また、もともとアメリカで働きたいという強い願望があり転職を検討しました。そんな中、先輩から紹介されたのがユニデンです。無線通信機器やデジタル家電機器を開発・製造・販売する会社で、職種は営業ではなく、アメリカ拠点のシステム部門のマネージャーでした。まさに私が求めていたチャンスだと感じ、入社を決めたのです。
米国で出会った革新的なWMSが起業の原点
ーー創業のきっかけになった出来事はありますか。
小野崎伸彦:
ダラスの拠点で出荷センターの在庫管理を任されたのですが、在庫が全く合わず困り果てていました。その解決策を探す中で出会ったのが、倉庫管理システム(以下、「WMS」)です。当時の日本には在庫を管理する考え方しかなく、倉庫全体を管理するという概念自体がありませんでした。
アメリカでは30年以上も前から、無線接続されたハンディ端末を使い、リアルタイムに在庫情報を更新していました。手作業が介在しないため、構造的に在庫が合わないという問題が起こり得ません。そのコンセプトの違いに、まさに目から鱗が落ちる思いでした。
アメリカでのプロジェクト後、フィリピンでの立ち上げも経験して日本に戻りました。しかしその頃には、「WMS」以上に興味を引かれる仕事はなくなっていました。
そこで会社に「独立させてほしい」と申し出て、ユニデンのシステム部門を独立させる形でキャリアをスタートさせました。その後、完全に独立する形で現在のシーネットを立ち上げたのです。
専門特化とクラウド化 逆風の中で築いた独自の強み

ーー創業後、事業成長のためにどのようなことをされましたか。
小野崎伸彦:
事業を成長させるきっかけとなったのは、クラウド化への舵切りです。創業当初、私たちのサービスは、お客様の会社に直接サーバーを設置する「オンプレミス」という形式でした。しかし、これでは大手の競合企業との価格競争で苦戦を強いられます。このままではいけないと感じていた時に出会ったのが、現在の「クラウド」の原型となる、インターネット経由でシステムを提供するサービスでした。
これならお客様は高価なサーバーを持つ必要がなく、安価に利用できます。そう確信し、月額5万円で提供を始めました。当時は周囲から「常識外れだ」と散々言われましたが、この決断が、結果的に今の私たちの大きな強みになりました。
ーー長年、お客様から選ばれ続ける貴社ならではの強みはどこにあるのでしょうか。
小野崎伸彦:
私たちの強みは、30年以上「WMS」という一つの分野に絞り込んできた専門性と、どこまでもお客様の現場にこだわる姿勢だと考えています。もちろん、経営が苦しい時に、他のシステム開発に手を出したくなったこともあります。しかし、物流の現場は非常に奥が深く、中途半端な知識では本当に使いやすいものはつくれません。私たちは「WMS」一本に絞り、長年培ったノウハウを製品に注ぎ込んできました。
また、大手メーカーとは違い、常に現場に寄り添ってお客様の声を聞き、それをシステムに反映させています。この現場主義こそが「シーネットのシステムは使いやすい」という最高の評価につながっていると確信しています。
AIと多様性が描く未来 次世代へのメッセージ
ーー今後、AIやロボティクスといった新技術をどのように活用されますか。
小野崎伸彦:
世界の物流は同じ方向に進んでいますが、その最先端はやはりアメリカです。そして、次に来るのは間違いなく倉庫用ロボットとAIの時代でしょう。私たちの次の戦略は、「WMS」を核にAIやロボティクスを連携させることです。これにより、お客様へ一連の流れでサービスを提供していきます。すでにAIを組み込み、主要業績評価指標を管理するKPI管理システムの開発も進めています。
ーーこれからの組織づくりや採用については、どのようにお考えですか。
小野崎伸彦:
ダイバーシティ(多様性)を重視しています。これからの時代、多様な価値観が混じり合う組織をつくりたいと考えているからです。女性ならではの視点を経営に取り入れることが不可欠ですし、数年前からインド工科大学の新卒採用も始めました。
求める人物像としては、新卒なら何よりも「素直さ」です。経験者であれば、ITスキルよりも物流の現場を理解している方を歓迎します。日本のインフラを支えるこの仕事に、やりがいを感じてくれる方とぜひ一緒に働きたいですね。
ーー最後に、これからの社会を担う若い世代へメッセージをお願いします。
小野崎伸彦:
特に若い方々には、「チャレンジ精神」を忘れないでほしいと思います。現状に安住するのではなく、常に目標を設定し、それに向かって挑戦し続けることが重要です。壮大な目標でなくても構いません。数年後になりたい自分の姿を具体的に描き、期限付きの目標として実行していくこと。その積み重ねこそが、自分自身を大きく成長させると、私は信じています。
編集後記
アメリカで受けた衝撃を原点に、「WMS」一筋で業界を駆け抜けてきた小野崎氏。その言葉の端々から、自らが信じた道を突き進む強い意志と、物流の現場に対する深い敬意が感じられる。周囲の反対を押し切って断行したクラウド化は、今や業界の常識を築いた。そのぶれない視線は、AIやロボティクスが躍動する未来を見据えている。同社の挑戦が、これからも日本の物流を力強く支えていくに違いない。

小野崎伸彦/1979年、東京農工大学工学部卒業後、日本NCR株式会社を経て、ユニデン株式会社に入社。米国ダラス駐在中に出会った先進的な倉庫管理に刺激を受け、1992年に株式会社シーネットを設立。2018年にはホールディングス体制へ移行し、グループ全体の経営を統括。現在は、物流業界の持続可能な成長を支える仕組みづくりにも注力している。