
2025年問題の影響を受け、深刻な人手不足と高齢化に悩まされているタクシー業界。その中で、「八洲自動車株式会社」は着実に若手の採用を伸ばし、従業員の平均年齢48〜49歳と、業界平均約60歳よりも10歳も若い。この快挙を達成したのは、タクシー業界では数少ない女性社長・永峯豊子氏だ。専業主婦から父のタクシー会社を承継した永峯社長が、業界の常識にとらわれず果敢に実行した改革とはどのようなものだったのか、くわしく聞いた。
年上ばかりの男性社会に飛び込んだ専業主婦の挑戦
ーー社長に就任するまでのご経歴をお教えください。
永峯豊子:
旅行が好きだったので、大学卒業後は株式会社日本交通公社(現・株式会社JTB)に入社し、3年後に結婚・出産のため退社しました。当時(1983年)は「産休・育休をとって会社に戻り、子育てしながら働き続ける」というのは難しい時代でした。
その後は専業主婦として3人の子どもを育てていたのですが、40歳を過ぎた頃、父から「お前が会社を継いでみないか」と言われました。そこで、「父がそう言うのであれば、がんばってみよう」と、2002年に専務取締役として入社した、という経緯です。
ーー入社後はご苦労などありましたか。
永峯豊子:
父の会社とはいえ、私はそれまでまったく関わっていませんでしたので、わからないことばかりでした。タクシーがLPガスで走ることも知らず、ガソリン車だと思っていたほどです。また、当時の弊社は男性社会で、女性は私のほかに、経理にふたりだけ。しかもどちらも年上で、乗務員の男性たちも平均年齢63歳でしたから、私はまるで赤子のような扱いでした。「女性の管理職なんて、お飾りでしょ」という雰囲気があったと思います。
そういった状況下で、「悔しい、どうせやるなら徹底的にやろう」とやる気に火がつきました。そこからは猛勉強です。最初は業界誌をひたすら読み込むことから始めました。さらに、父が80歳を過ぎて渉外などの対外業務が難しくなってきていたので、代わりに私がそれらを担当しました。すると、さまざまな女性社長と出会うことができたのです。先輩女性社長の方々と交流するうちに、社長として何をすればいいのかを学んだり、「がんばって」と激励されたりしました。
大切なのは「乗務員ファースト」と「ホスピタリティ」

ーー社長として取り組まれたことについてお聞かせください。
永峯豊子:
まず、タクシー乗務員さんあっての弊社ですので、「乗務員ファースト」を掲げてさまざまな取り組みを実施しました。当時はあまり普及していなかったドライブレコーダーを積極的に導入したり、車のグレードを2つほど上げたりもしましたし、普通自動車第一種免許しか取得していない就職希望者には弊社で普通自動車第二種免許を習得させる「一種養成」という採用方法も始めました。
また、タクシー乗務員の給与は歩合制ですが、弊社は手数料などを極力抑え、東京都内でも高い歩率を保持しています。安全評価制度によるポイント付与や年間表彰、タクシーアプリで配車を受けた場合のポイント付与など、がんばった分はしっかり評価する制度も整えました。
その甲斐あってか、社長になって10年ほど経った頃から、乗務員の年齢層が若返ってきました。現在の年齢構成は、「20〜30代」「40〜50代」「60代以上」がほぼ同数で、平均年齢は48〜49歳まで下がっています。全国平均はおよそ60歳、私の入社時の弊社平均は63歳でしたから、かなり若返りました。
ーー社長が大切にしていることについて教えてください。
永峯豊子:
タクシー業でもっとも重視すべきことは、「稼働率を上げる」「売上を上げる」「事故をなくす」の3点です。時代や背景が変わっても、これだけは変わりません。そのために大切なのは、お客様へのサービス精神、ホスピタリティです。
弊社は2022年に日本交通グループに加わりました。それは、会社も乗務員もより豊かになるためであると同時に、日本交通の高いホスピタリティに共感したためでもあります。数あるタクシー会社の中で、お客さまに「八洲自動車のタクシーに乗りたい」と思っていただけるようなブランドになりたいという思いで、従業員を育成しているところです。
実際に、日本交通のサービス基準は非常に厳しいものです。乗務員すべてが同じレベルの接客をするために、接客の際の言葉が一語一句決められていたり、モニター担当者がサービス品質をチェックしたりします。ですが、その基準に達することができた弊社の乗務員は、1日の売上が1万円以上アップしたという大きな成果も上がっています。
タクシー業務は見聞を広げてリスキルできるチャレンジングな仕事
ーー最後に、今後取り組んでいきたい課題や目標をお聞かせください。
永峯豊子:
タクシー会社には、乗務員のほかに「運行管理者」業務があり、その教育が現在の課題です。弊社では200人ほどの乗務員を4〜5人の管理者でサポートしています。ただ、この運行管理者も若返りが進んでいるのです。他社では管理者は60歳以上の方が多いようですが、弊社では最高齢で50代、若手では20代がふたりいますので、業界ではトップクラスの若さだと思います。それは、外部から管理職経験者を採用するのではなく、社内の乗務員からキャリアアップさせているためで、今後もその教育、育成に力を入れていく必要があると考えています。
また、若手の採用にも引き続き注力していきます。弊社では、YouTube「ヤシマチャンネル」でタクシードライバーの日常や社内風景、給与や労働の実態などをアピールしているのですが、それを見て直接入社される方も増えています。中には人材紹介会社が他社のタクシー会社を紹介する際に、「このチャンネルを見るとタクシー業界がよくわかりますよ」と弊社チャンネルを勧めた結果、「八洲自動車を紹介してください」と言われたこともあったそうです。
今の世の中では、やりたいことが見つからない、夢を探している人は多いと思います。そんな方には、考えているだけで時間を無駄に費やすより、まずはタクシー乗務員の仕事をしてみてほしいですね。同僚の乗務員の中には、さまざまな経験をしてきている者がいますし、乗務では1日30人、月に500人ものお客さまに接することができます。つまり、仕事をしながら多様な業界について話を聞くことができるので、見聞を広げることにつながるでしょう。
前述のように、第一種免許さえあれば、第二種免許を取得できる体制は整っています。そして入社半年後には、安定して毎月50万円ほど稼げるようになります。運転技術はもちろん、都内の地理感も身につきますし、弊社なら日本交通が定めた大手ホテルレベルの接客スキルやマナーも学ぶことができるなど、タクシー業務は人生においてプラスになることばかりです。選択肢を広げたい方は、ぜひタクシー乗務員の仕事にチャレンジしてみてください。お待ちしています。
編集後記
永峯社長が代表取締役に就任した2011年は、日本初のタクシー配車アプリがリリースされるという大きなパラダイムシフトが始まった年だ。そんな変化の波の中で、永峯社長は挑戦を恐れず、柔軟に適応してきた。そのことが、若い世代が「働きたい」と思える社風を醸成し、従業員の若返りを実現したのだろう。これからもさまざまなチャレンジを続けるであろう社長の活躍を期待したい。

永峯豊子/1960年、東京都生まれ。1983年、獨協大学を卒業して株式会社日本交通公社(現・株式会社JTB)に入社。3年で退社し、専業主婦として3人の子どもを育てる。2002年、父が社長を務める八洲自動車株式会社に専務取締役として入社。2011年、3代目として同社代表取締役社長に就任。2013年には「女性タクシー経営者の会」設立に参加、2021年には同会2代目会長にも就任した。