
ホテルは、泊まる場所から体験を楽しむ空間へと進化しつつある。そのため、アメニティや備品にもその世界観や個性が求められるようになった。イヴレス株式会社は、客室備品のオーダーメイド製作を中心に、アメニティ開発や開業支援などを展開。その製品は国内外の有名ホテルに採用されている。また、取引先と競合しないユニークなコンセプトの宿泊施設やレストランを運営するなど、新たな挑戦を続けている。ものづくりへの深い思いを原点に、独自の価値をかたちにし続ける、同社代表取締役社長 CEOの山川景子氏に、その歩みと信念をうかがった。
自分らしさ求めてものづくりの道へ
ーー現在の事業を展開するまでの経歴についてお聞かせいただけますか。
山川景子:
最初は地元大阪の出版社で、飲食店やエステなどを紹介する情報誌の制作に4〜5年携わった後、フリーライターとして独立しました。当時は、結婚を機に退職する女性が多く、仕事を続けるという道が限られていた中、自分らしい働き方を求めての決断でした。独立後は、以前から実現しようと思っていた中小企業の経営者インタビューを企画し、約100名の撮影と原稿作成を担当。この経験が経営の面白さや厳しさを学ぶ機会となりました。
その後、1990年に編集プロダクションとして共同創業します。当時では珍しいパソコン上でデザイン・レイアウトを行うDTPのシステムを導入し、取材・撮影・編集・制作までを一貫して担う体制を整えました。しかし、バブル崩壊や紙媒体の衰退といった時代の大きな波には抗えず、事業が行き詰まりを見せます。
そんな中、仕事で訪れたタイ・バンコクで、物乞いをする人々のそばに高級車のショールームがあるという、貧富が混在する光景を目の当たりにしました。そこで「どんな状況でも、何をやっても食べていける」と腹をくくり、自分の原点は何かを考えたのです。すると、ファッション系の学校で学んだ経験から、布に触れ、立体的なものをつくることだと再認識し、ものづくりへと事業の転換、社名を現在のイヴレスに変更しました。
客室備品に宿るおもてなしの心

ーー現在の主力事業とその強みはどのような点にありますか。
山川景子:
弊社の主力事業は、オーダーメイドの客室備品製作です。ティッシュケースやユニフォーム、革製品、家具に至るまで、客室に設置されるほぼすべてのアイテムをカスタム製作しています。各ホテルの特性やコンセプトに寄り添い、おもてなしの心を備品に表現するため、企画から製造まで包括的に対応できる点が強みです。その出発点となったロイヤルパークホテル向けに手がけたレディースポーチは、18年間にわたり採用され続けています。

シャンプーなどのバスアメニティ製品にも注力しており、オーダーメイド展開に加え、複数のブランド製品もそろえています。たとえば「おもてなしセレクション2021」を受賞の自社ブランド「TAYIV(タイヴ)」や、「ローラアシュレイ」「MICHIKO KOSHINO」との共同企画などです。これらの製品は国内外の有名ホテルでも採用され、品質を高く評価いただいています。

このほか、ホテルの新規開業支援も重要な事業です。1000〜2000品目におよぶ備品・アメニティの調達代行業務を提供しています。銀座の東急プラザにショールームを構えており、お客様が実際に製品に触れて品質を確認できる場も設けました。
さらに2018年には子会社を設立し、ユニークな施設の運営も行っています。これは、提供先ホテルと競合しないことが前提です。一例として、フィンランド式サウナを備えたアパートメントスタイルのホテル「yksi(ユクシ)」などがあります。
日々の積み重ねの先にあるイノベーション

ーー貴社ではどのような組織を目指していますか。
山川景子:
弊社の事業はお客様との共創で成り立ちます。そのため、業務を画一的に仕組み化するのは難しいと考えています。今後の成長に向けては、個人の力に依存しすぎない組織づくりを模索中です。次世代を担うメンバーが売上を立てやすい仕組みを整えたいと考えています。
かつては管理体制の強化にも取り組みましたが、自由を重んじるクリエイターが多いため、方針が合いませんでした。そして、規則で縛るマネジメントは、弊社にはなじまないと判断しました。人事評価についても、一律の制度ではなく結果を重視しています。その流れで会社が収益を上げ、納税を通じて社会に貢献することが理想です。
また、採用は特定の時期にまとめて行いません。事業状況に応じて、必要な人材を迎えています。新入社員でもその日からプロフェッショナルとして接し、個々の自律性を尊重しています。
ーー今後の展望についてお考えをお聞かせください。
山川景子:
弊社のロゴ「IVRESSE」を、品質の証として認知されるブランドに育てたいです。客室備品の片隅にこのロゴがあり、「イヴレスの製品があるなら、このホテルは間違いない」と信頼されるような存在になることが理想です。
「作り手の夢が小さいと出来上がりも小さい」という持論があります。そのため会社の目標も大きく掲げ、5年後には売上100億円から150億円を目指す気概でいます。将来的にはECサイトの強化や海外進出も視野に入れています。さらに、これまで培ったノウハウを活かしたフランチャイズ展開も構想中です。
こうした挑戦を続ける上で大切なのは、日々の小さな改善です。イノベーションとは派手な変革ではなく、積み重ねた工夫の中から生まれるもの。それがやがて大きな変化となり、企業の成長につながると感じています。
ーー若い世代に向けて、仕事に対するお考えをお聞かせください。
山川景子:
私にとって、仕事は「人生そのもの」です。どんなことがあっても仕事を続けると決めて歩んできました。苦しいときや貧しいときほど面白く、その中に成長の種があると感じています。うまくいかないことがあっても焦る必要はありません。挑戦を楽しむ気持ちを忘れずに、自分の感覚を信じて進んでください。そうすれば、自分の目指す道が見つかるはずです。
編集後記
「書く」世界から「つくる」世界へと舞台を移した山川氏。彼女はどんな逆境も成長の糧と捉えてきた。そのしなやかな強さと、「仕事は人生そのもの」という揺るぎない思いが、イヴレスを唯一無二の存在へと導いている。これからもホテルに新たな価値を届け、旅する人々の記憶に残る体験を生み出していくだろう。

山川景子/出版社勤務を経て、1990年に編集プロダクションを設立。1998年よりホテル向け備品の企画・製作を中心とした現事業に転換。2018年にホテル運営を担う子会社イヴレスホスピタリティ合同会社を設立し、全国5カ所で宿泊施設やレストランを運営。開発した製品は「グッドデザイン賞」「おもてなしセレクション金賞」など受賞多数。自身も「EY Winning Women 2021」ファイナリストに選出されている。