
観光地の賑わいを舞台に、日本の接客業全体に変革を起こそうと情熱を燃やす株式会社ライズアップ。同社は、人力車を単なる乗り物ではなく、顧客体験を最大化するための“究極のツール”と捉え、俥夫(しゃふ)一人ひとりの個性とホスピタリティを前面に出した「エンターテイメント」として人力車を再定義し、業界に新風を巻き起こしている。
その背景には、代表取締役である西尾竜太氏の壮絶な過去と、逆境から生まれた不屈の経営哲学がある。水泳に打ち込んだ学生時代、社会の壁にぶつかった日々、そして運命的に出会った人力車の世界で倒産の淵に立ち、そこから這い上がった西尾氏に、波乱万丈のキャリアと接客業の未来にかける思いをうかがった。
挫折の先に掴んだ天職 倒産の淵から生まれた覚悟
ーー人力車の世界へと導いた原点についてお聞かせください。
西尾竜太:
私の青春は、水泳一色でした。しかし、高校3年生で負った怪我が原因でその道を断念し、大学では目標を失い、どこか燻っているような日々を送っていました。社会に出てからも、若さゆえに効率だけを追い求め、周囲の気持ちを顧みることができず、孤立していました。そんな自分を本気で変えたいと願っていたとき運命的に出会ったのが人力車の仕事でした。
ーー人力車の仕事と出会い、ご自身の会社を設立されるまでには、どのようなご苦労がありましたか。
西尾竜太:
私は人力車の仕事にやりがいを覚え、まさに天職だと感じていましたが、当時勤めていた会社の経営が悪化し、やがて給与の遅延が発生する危険な状態に陥りました。私は平社員でしたが、働く場所を守りたい一心で、私個人が借金をしてでも会社を支えようと奔走したのです。しかし、力及ばず会社は倒産。すべてを失い途方に暮れました。
ですが、そんな私を見捨てず、手を差し伸べてくださったお客様や取引先の方々がいたのです。その温かい言葉と支援が、私に「もう一度立ち上がろう」という勇気をくれました。周りの方々への感謝と、この仕事への情熱を胸に、ライズアップを立ち上げることを決意しました。
コロナ禍で予約はゼロに 仲間と乗り越えた最大の危機
ーー会社設立後の心境をお聞かせください。
西尾竜太:
会社を設立して間もなく、新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態に見舞われました。予約はすべてキャンセルになり、昨日までの賑わいが嘘のように街から人が消えました。正直、心が折れる音が聞こえるようでした。本気で「辞めたい」と、何度も思いました。
しかし、そんな絶望の淵で私を支えてくれたのが、社員たちの存在でした。誰に言われるでもなく、彼らはSNSで未来のお客様に向けて発信を始め、オンラインでできることを模索してくれたのです。その姿を見たとき、「この仲間たちのためにも、絶対に会社を潰すわけにはいかない」と心の底から誓いました。私たちがどん底から這い上がれたのは、この仲間との強い絆があったからです。
ーーその“人”を大切にする思いは、事業へのこだわりにも繋がっていますか?
西尾竜太:
もちろんです。私たちにとって人力車は、お客様に最高の感動体験を提供するための、いわば“究極のツール”です。他社と人力車そのものの優劣を競うつもりは一切ありません。重要なのは、お客様の心を動かす“接客”です。私たちが提供したいのは、乗車時間ではなく、その時間を忘れられない思い出に変える温かい“サービス”なのです。お客様一人ひとりに寄り添う会話、心からのおもてなし、そして地域の魅力を最大限に引き出すガイド。これらを通じて、唯一無二の感動体験を届けることを使命としています。
「最高の接客」を全国へ 人力車から始まる新たな挑戦

ーー今後の事業展開のビジョンを教えてください。
西尾竜太:
私たちの最終目標は、日本の接客業全体を変えることです。人力車事業で培った“心を動かすサービス”のノウハウを、ホテルや商業施設、飲食業など、人と接するあらゆる業界に展開していきたいです。そして、日本の「おもてなし」の基準を、私たち自身が引き上げていく。そのために、まずは私たちが接客の最前線で、その圧倒的な価値を証明し続ける必要があります。
ーーどのような方が貴社で活躍されていますか。
西尾竜太:
弊社で活躍しているのは、「誰かのために何かをしたい」という利他的な思いを持った人たちです。お客様を笑顔にすることに自分の喜びを見出し、困っている人がいたら手を差し伸べ、仲間を家族のように大切にする。そんな人間的な温かさや優しさに溢れています。技術や知識は後からいくらでも教えられますが、その人の根幹にある「人間性」は、一朝一夕には身につきません。だからこそ弊社の採用では、スキルよりも人間性を重視しています。
ーー西尾社長が描く、会社の未来像をお聞かせください。
西尾竜太:
まずは、私たちのサービスを全国の主要な観光地へ展開していきます。そして数年後には、人力車で培ったノウハウを活かした観光ガイドやコンサルティングなど、新たな事業の柱を育てていきたいと考えています。最終的には、「最高の接客体験をするならライズアップ」と、誰もが認めるブランドになる。そんな未来を、私たちは本気で目指しています。日本の接客業の未来を、私たちの手で切り拓いていく覚悟です。
編集後記
西尾氏への取材は、彼の人間的な魅力と情熱に引き込まれる時間であった。学生時代の挫折や社会での苦悩、そして会社設立後のコロナ禍という壮絶な経験が、彼の言葉に重みを与え、揺るぎない信念になっていることが伝わってくる。特に、会社最大の危機を社員との絆で乗り越えたエピソードは、彼の“人間くささ”とリーダーとしての温かさを物語っている。人力車を単なる乗り物ではなく、感動を届ける“究極のツール”と捉え、日本の接客業全体を変えたいという彼のビジョンは、非常に大きなものであった。今後のさらなる飛躍を期待したい。

西尾竜太/大学卒業後はフリーターとして数年過ごした後、2019年、株式会社ライズアップを設立し代表取締役に就任。