※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や契約マネジメントプラットフォーム「クラウドサイン」など、リーガルテック(※1)領域で革新的なサービスを展開する弁護士ドットコム株式会社。その根底には、創業者である元榮太一郎氏の「困っている人を助けたい」という強い思いがある。自身の原体験をもとに、テクノロジーで社会課題の解決に挑む同社の軌跡と、AIテクノロジーが見据える司法の未来像に迫る。

(※1)リーガルテック:法律(Legal)と技術(Technology)を組み合わせた言葉。法律に関する業務や手続きなどにIT技術を組み合わせることで、新たな価値や仕組みを創出すること。

交通事故の原体験から生まれた「弁護士をもっと身近に」という使命

ーー弁護士ドットコムを創業された経緯についてお聞かせください。

元榮太一郎:
大学2年生のときに起こした物損事故がきっかけです。相手方の保険会社との交渉で苦慮した際に弁護士に助けられました。この経験から弁護士の仕事の素晴らしさを知ると同時に、相談先を見つけるまでに2カ月近くかかったことで、専門家へアクセスしづらいという大きな課題を感じたのです。この「困っている人が、もっと気軽に弁護士を頼れるようにしたい」という思いが事業の根幹となっています。

ただ、当時は起業をまったく考えておらず、まずは弁護士になるために司法試験の勉強に励んで、無事に合格し、大手法律事務所でM&Aなどに携わっていました。転機となったのは、2003年に担当した上場ベンチャー企業のM&A案件です。インターネット企業が持つ無限の可能性と成長スピードを目の当たりにし、「弁護士だけではない人生を送ってみたい」と、リーガル領域での起業を強く意識するようになりました。

その後、事業アイデアを探す中で引っ越し業者を比較するサイトに出合い、「弁護士もインターネットで比較検討できれば、多くの人の役に立つはずだ」と確信し、創業に向けて動き出しました。

ーー創業当時の弁護士業界はどのような状況でしたか。

元榮太一郎:
当時は「一見さんお断り」という文化が根強く、紹介がなければ依頼を受けない事務所も少なくありませんでした。しかし、本来弁護士は困っている人のためにあるべきです。そこで、インターネットを使えば誰もが専門家につながれる社会を実現できると信じ、満を持して2005年に「弁護士ドットコム」を立ち上げました。

ニュースメディアが功奏し飛躍的成長 リーガルテックの道を切り拓く

ーー事業はどのように拡大していったのでしょうか。

元榮太一郎:
創業当初は、サイトに登録してくださる弁護士を集めるのに大変苦労しました。大きな転換点となったのは、2012年に立ち上げたメディア「弁護士ドットコムニュース」です。時事問題を法律の観点から分かりやすく解説する記事がYahoo!ニュースなどに掲載され、サイトの訪問者数が急増しました。この影響もあり、サイト開設から7年経った2012年8月には「弁護士ドットコム」の月間サイト訪問者数が100万人を突破し、これを機に株式上場へと大きく舵を切りました。

ーー現在の事業について教えてください。

元榮太一郎:
「弁護士ドットコム」は、法律トラブルで悩む方が自分に合った弁護士を探し、気軽に相談できる日本最大級の無料法律相談ポータルサイトです。現在、国内弁護士の6割以上に相当する2万8000人以上の弁護士にご登録いただいています。

また、上場後の2015年にリリースした「クラウドサイン」は、契約の締結から管理までをウェブ上で完結できる、日本初のクラウド型電子契約サービスです。コロナ禍におけるDXや脱ハンコの流れも追い風となり急成長を続けており、「紙とハンコ」という従来の商慣習に変革をもたらすサービスとなりました。

生成AIで司法の未来を革新する「リーガルブレイン」構想

ーー今後のビジョン、特にAI活用についてお聞かせください。

元榮太一郎:
私たちは『「プロフェッショナル・テック」で、次の常識をつくる。』をビジョンに掲げています。その中核を担うのがAIの活用です。2025年5月には、法務領域に特化したAIエージェントの第1弾として、「Legal Brainエージェント」をリリースしました。法務部員や弁護士が行うリサーチ業務は、法令やガイドライン、判例、書籍など多様な情報を横断的に調べる必要があり、高度な専門性と多くの時間を要し、負担になっています。「Legal Brainエージェント」はこのリサーチ業務の生産性を飛躍的に高めるものです。

ーーAIの活用で、社会はどのように変わるのでしょうか。

元榮太一郎:
司法の世界には、「二割司法」という長年の課題があります。これは、法律問題を抱えたときに弁護士に相談する人は全体の2割程度しかいないという問題です。法務領域は、こうした改善の余地が非常に大きい分野といえます。「Legal Brainエージェント」のようなテクノロジーの活用によって専門家の生産性が向上すれば、より多くの人々が法的サポートを受けられるようになります。テクノロジーの力で、誰もが専門家の知見を活用できる社会を実現したいと考えています。

「世の中を変える当事者たれ」次代を担う若者へのメッセージ

ーー最後に、どのような方と一緒に働きたいとお考えですか。

元榮太一郎:
AIの社会実装が急速に進む今、弊社の事業領域はまさにその先端にあります。情報が体系化された法務の領域は、精度の高いAIが性能を発揮しやすいのです。これから社会は大きく変わっていきます。その変化の中心で「世の中を変えるんだ」という使命感にワクワクできる方々と、ぜひ一緒に未来をつくっていきたいですね。弊社には、その挑戦を楽しみ、当事者として活躍できるフィールドが広がっています。

編集後記

自らの痛みを伴う原体験を、社会課題を解決する力へと昇華させた元榮氏。その一貫した情熱が、リーガルテックという新たな市場を切り拓き、会社を成長させてきた原動力なのだろう。AIという新たな武器を手に、「二割司法」という根深い問題に挑む同社の挑戦は、日本の司法インフラを根底から変える可能性を秘めている。その未来が、非常に楽しみだ。

元榮太一郎/1975年アメリカ・イリノイ州生まれ。弁護士。中学時代はドイツ・デュッセルドルフで過ごす。帰国後、神奈川県立湘南高等学校入学、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。アンダーソン・毛利・友常法律事務所を経て2005年に独立、元榮法律事務所(現・弁護士法人Authense法律事務所)を開所。同年、法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」を運営するオーセンスグループ株式会社(現・弁護士ドットコム株式会社)を創業。16年〜22年、参議院議員を務めるなかで財務大臣政務官、参議院文教科学委員長を歴任。22年Authense法律事務所と弁護士ドットコムのCEOに復帰。