
株式会社グランビスタ ホテル&リゾートは、「札幌グランドホテル」や「鴨川シーワールド」などを運営する企業である。ホテル事業のみならず、水族館やゴルフ場、ハイウエイレストランなどその事業は多岐にわたる。同社は2024年6月、新たなリーダーを迎えた。オリックスで事業再生のプロとして手腕を振るってきた、代表取締役社長の荒井幸雄氏だ。逆境の中でこそ真価を発揮する経験を武器に、同氏はいかにして組織を変え、未来への一歩を踏み出すのか。その軌跡と哲学に迫る。
事業再生のプロが見出した「現場」という天職
ーーまずは、これまでのご経歴についてお聞かせください。
荒井幸雄:
1985年にオリックスに入社し、リース部門からキャリアを始めました。その後、全国の支店を束ねる業務本部に所属します。そこでは本部長直属という平社員の立場でありながら、各支店の部長に指示を出す必要がありました。そのため、大きな反発に遭いました。
その時に「自分には人を納得させるだけの武器がない」と痛感しました。そこで会社の制度を利用して税務の勉強を始めたのです。企業の税負担に関する知識を深め、専門性を身につけることで、お客様に価値を提供できると考えたからです。
ーーオリックスでは、その後どのような役割を担われたのでしょうか。
荒井幸雄:
オリックスグループ内で経営不振に陥った事業があり、その立て直しをするべく、事業再生を担当しました。実際に携わってみると、自分で汗をかいて結果を出す仕事に、強い手応えを感じました。金融のように他者を介さず、事業の当事者として動くことに、強いやりがいを見出したのです。
そんな折、2015年にサンケイビルがグランビスタ ホテル&リゾートの株式を取得し、新たにフジサンケイグループの一員となりました。そしてサンケイビルを通じてグランビスタ ホテル&リゾートの常務取締役就任の話をいただき、挑戦を決意したのです。
ーー就任後、何か直面した困難などはありましたか。
荒井幸雄:
就任当時、会社は守りの経営に陥っており、「これではいけない」と攻めに転じる施策を講じていきました。その矢先にコロナ禍となり、ホテル業は壊滅的な打撃を受けます。ですが、冷静に対応できたのはこれまでの経験があったからです。
まずは資金繰りに奔走しました。そして、一つひとつの事業所の赤字をいかに食い止めるか、具体的な対策を打っていきました。
多様な事業が生む「一手間」という唯一無二の価値

ーー改めて、貴社についておうかがいできますか。
荒井幸雄:
弊社は非常に長い歴史を持つ企業です。元々は戦後の復興を支えた「北海道炭礦汽船」の観光部門がルーツです。その後、三井グループの傘下に入るなど、100年近い歴史の中でさまざまな変遷を辿ってきました。
ーー貴社のサービスにおける、他社にはない独自の価値とは何ですか。
荒井幸雄:
「あえて一手間、二手間をかける」ということです。宿泊に特化したホテルが省人化で効率を追求するのとは、まさしく逆の発想です。この手間こそが、お客様に感動や驚きをもたらす体験につながります。そして、他にはない価値になると危機の中で再認識しました。
たとえば、ラウンジでは時間帯ごとに異なるサービスを提供したり、地域の伝統工芸士や職人さんなどを招いて作品のお披露目会を開いたりします。これによって、お客様と地域文化の架け橋になるのです。こうした取り組みを大切にしています。
ーーホテル以外には、どのような事業を展開されているのでしょうか。
荒井幸雄:
弊社では水族館やハイウエイレストランなど、業種の異なる事業を手がけています。だからこそ「運営方法をあえて画一的にしない」という発想が生まれるのです。それぞれの現場で培われた技術や知見は異なります。それらを組み合わせることで、既存の枠にはない新しい革新が起こるのです。この多様性こそが、弊社の大きな強みだと考えています。
「ワクワクする会社」へ 社員の挑戦が未来をつくる
ーー社長に就任されてからの組織づくりにおいて、何を最も重視されますか。
荒井幸雄:
社員一人ひとりが自分で考えて動く文化をつくることです。頭の中であれこれ考えているだけでは、何も価値は生まれません。動いて初めて、成功や失敗という貴重な「体験」になるのです。たとえ失敗したとしても、逃げずに挑戦した結果であれば、それは評価されるべきです。まずは動くことが重要だ、という価値観を会社全体に浸透させていきたいです。
ーー社員には、どのような役割を期待されていますか。
荒井幸雄:
私は、誰もやらないことに自ら飛び込む「ファーストペンギン」のような人材を育てたいと考えています。何もないところから新しい価値を生み出す「0→1」の挑戦です。そのためには、お客様が本当に望んでいることは何かを常に考えなくてはなりません。試行錯誤を繰り返しながら、顧客のニーズを探る姿勢が不可欠です。
ーー社長が目指す、貴社の姿を教えてください。
荒井幸雄:
社員から「次はこんなことをやりたい」という声が、自発的にどんどん上がってくるような会社にしたいです。そして、自分の子どもを「この会社に入れたい」と、社員が心から思えるような組織を目指します。出世競争でギスギスするのではなく、人の喜びを自分のこととして喜べる。そんな、温かい心を持った誠実な仲間が集う「ワクワクする会社」を、皆で創り上げていきたいと思っています。
編集後記
事業再生のプロとして、常に厳しい現場の最前線に立ってきた荒井氏。その言葉の端々から、自ら汗をかく「事業家」としての強い矜持が感じられた。守りの姿勢に陥っていた老舗企業を変革しつつあるのは、逆境の中で見出した「一手間」という価値だ。社員がワクワクしながら挑戦できる舞台をつくるその力強いリーダーシップは、同社を新たな成長軌道へと導くに違いない。

荒井幸雄/1961年東京都生まれ。1985年オリックス株式会社に入社後、オリックス・ゴルフ・マネジメント合同会社の執行役員、オリックス不動産株式会社の運営事業本部にて運営部長を務めた後、2017年に株式会社サンケイビルに入社。株式会社グランビスタ ホテル&リゾート常務取締役を経て、2024年に株式会社サンケイビル常務執行役員および株式会社グランビスタ ホテル&リゾート代表取締役社長に就任。