※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

長野県を拠点に、地域の工務店へ向けた建材販売や経営支援を手がける株式会社清水住建工業。同社は取引先を地元の工務店に特化することで、一社一社と深い信頼関係を築き、その成長を力強く後押ししている。3代目として事業を承継した代表取締役社長の清水康弘氏は、かつて債務超過という危機的状況に直面した。笑い方さえ忘れるほどの苦境のなか、「支えてくれた人への恩返し」という強い思いを原動力に、会社をV字回復へと導いた。社員、顧客、そして地域社会の幸福を追求する同氏の経営哲学と、その軌跡に迫る。

事業承継当時に直面した現実と苦境からの再出発

ーー事業を継承された経緯についてお聞かせください。

清水康弘:
父の長期入院がきっかけで、急遽会社に戻ることになりました。当初は修業のため、トステム(現・LIXIL)におりましたが、社会人経験1年でのUターンでした。

当初、会社は深刻な債務超過に陥っており、私自身は右も左も分かりませんでした。年配の社員からはなかなか理解を得られず、離職者も続出しました。外部からは「あの会社は危ない」と囁かれ、辛すぎて無意識に感情を閉ざし、笑い方さえ忘れてしまうほど追い詰められていました。

状況を乗り越える原動力になったのは、会社に対する責任感です。そして、そんな状況でも私を可愛がり、助けてくださったお客様の存在でした。「その方たちのためにも頑張ろう」という思いが、当時の私を支えてくれていたのだと思います。

ーー社長にご就任された時の心境はいかがでしたか。

清水康弘:
それまでも同様の業務は担っていましたが、社長就任時は、これまで支えてくださった社員に恩返しをしたい、その一心でした。

会社を立て直すためにまず着手したのは「新規顧客開拓をやめる」ことです。財務的に厳しい中でも、既存のお客様を疎かにしないため、最初の5年は満足度向上と課題解決に特化しました。「お世話になった人に満足してもらいたい」という当時の強い思いが、結果的に今につながっていると感じます。

ーー社員の皆さんに対しては、どのような思いで向き合ってこられたのでしょうか。

清水康弘:
「社員第一主義」という思いでやってきました。当時は会社も大変な状況で、どこまでできていたか分かりませんが、その思いを大切にしてきました。会社が安定してきた今は、社員が心身ともに健康で幸福に働けるよう、新たに健康経営(※1)やウェルビーイング経営(※2)の視点も取り入れ、しっかりと還元しています。

(※1)健康経営:従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること。

(※2)ウェルビーイング経営:従業員が身体的・精神的・社会的に満たされ、いきいきと働ける職場環境の実現を目指す経営手法。

会社の危機を救った出会いと揺るぎない信頼関係

ーー経営再建の道のりで、大きな転機はありましたか。

清水康弘:
高校の野球部の先輩であり、同じ町内に住んでいた中澤社長との出会いが大きな転機です。一番苦しい時期に「神様はその人が乗り越えられる壁しか与えない」と励まされ、目の前の困難から逃げずに立ち向かう決意が固まりました。今では共に学び、教えを乞う師弟のような間柄です。

社内では「3年で債務超過を解消する」という目標を社員と共有しました。約20年間続いた重荷を3年でゼロに戻そうと皆で必死に取り組み、無事達成できたのです。明確な目標を共有する大切さを痛感しました。

印象に残っているのは、5年前の台風19号で会社が床上浸水した時のことです。途方に暮れる中、お客様や協力会社の皆さんが駆けつけ復旧を手伝ってくれました。そのおかげで、わずか1週間で事業を再開できたのです。

この出来事を機に、支えてくれた方々へ目に見える形で恩返しをしようと決意しました。そのためには、まず社員が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることが不可欠です。社員の幸福が、お客様への最高のサービスにつながると信じています。

社員・顧客・地域の幸福を目指す「Happiness of all」

ーー現在の貴社の強みや、大切にしている企業文化について教えてください。

清水康弘:
強みは、地元の工務店に特化した問題解決力です。サッシ販売に留まらず、人材育成の相談まで、あらゆるお困り事に向き合っています。約100社の協力会社との連携も、他社にはないサービス基盤です。

企業文化としては、社員から生まれたアイデアを大切に育むことを心がけています。その一つが、社員発案の「ありがとうボード」です。玄関に設置したボードに、社員同士で感謝の気持ちを伝え合うメッセージを貼り出しています。こうした取り組みを通じて、誰もが夢を実現できる会社を目指しています。

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

清水康弘:
社員が主体となって策定した、2030年に向けての経営ビジョンを掲げています。「Happiness of all 2030」をスローガンに、3本柱を立てました。社員幸福経営、顧客への新価値提供、そして地域社会への貢献です。これらを通じて、長野の住宅産業活性化を目指します。

具体的には、エンドユーザーと工務店様をつなぐWebサービスを開発します。さらに、若手社員の活躍の場を創出するための役職増設などを計画しています。

編集後記

債務超過という逆境を「恩返し」の力で乗り越えた清水氏。その原動力は、苦しい時に支えてくれた顧客や社員への純粋な感謝にあった。自社の利益だけでなく、社員や顧客、ひいては地域社会全体の幸福を追求する。そのビジョン「Happiness of all 2030」は、これからの企業経営の在り方を示唆している。困難な壁も「乗り越えられる」と信じ、利他の精神で挑戦を続ける同社の今後に期待したい。

清水康弘/1978年長野県生まれ、帝京大学卒。2001年、トステム株式会社(現:株式会社LIXIL)に入社し、1年の修業期間を経て、2002年に株式会社清水住建工業へ入社。2013年に同社代表取締役に就任。長野東信経営研究会の活動にも注力している。