※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

生産者と生活者を直接つなぐ“産直流通のリーディングカンパニー”、株式会社農業総合研究所。生産者が自ら価格と販売先を決め、都市部のスーパーで農産物を販売できる独自のプラットフォームを運営している。

農業界が長年抱える「豊作貧乏」という構造課題に流通から挑む同社。代表取締役会長CEO、及川智正氏は、一度は異業種に就職するも、農業への情熱を断ち切れず、年収40万円の苦境からこの事業を一人で立ち上げた。同氏の不屈の精神と事業にかける思いをうかがった。

農業への問題意識と、どん底からの出発

ーー学生時代、農業にどのような問題意識を抱いたのでしょうか。

及川智正:
大学の卒業論文を執筆する際、未来の農業について調べたのがきっかけです。担い手不足や高齢化、耕作放棄地の増加といった課題がデータで示され、「日本の農業は危機的状況にあるのでは」と強烈な危機感を覚えました。そのときから、社会に出たら農業関係の仕事に就こうと決意していました。

しかし、当時は就職氷河期で希望の職に就けず、半導体用のガスを販売する専門商社で6年間営業をしていました。仕事は非常に楽しく順調でしたが、学生時代から抱いていた「農業に携わりたい」という思いが心の中でずっとくすぶっていました。

ーー安定したキャリアを捨て、農業の世界に飛び込んだ経緯を教えてください。

及川智正:
妻との結婚が大きな転機になりました。これを機に自分の好きなことをしようと決意し、会社を辞めて妻がいた和歌山へ移り住んだのです。妻の実家がきゅうり農家だったため、弟子入りという形で農業を学び始めました。

一年間実践して正直に感じたのは、“つまらない”ということでした。サラリーマン時代は、お客様からの「ありがとう」がやりがいでした。しかし、私がおこなっていた農業は100%JA出荷。誰が自分のつくったきゅうりを食べているのか分からず、お客様の声が聞こえないことに面白みを感じられませんでした。

ーーその状況から、次の一手としてどうされたのですか。

及川智正:
二年目に独立し、自分でつくったきゅうりを売ることにしたのですが、一年間の年収はわずか40万円でした。愕然とし、もう農業はやめようかと思った矢先の三年目、以前営業したスーパーから「評判が良かったから」と注文が入るようになったのです。仲間の野菜なども扱うようになり、年収は大きく増えました。要望に応えれば「ありがとう」と言われるのだと実感できました。この経験を地元の生産者に話したのですが、「つくってあげているのだから、頭を下げてまで売りたくない」と言われ、一生産者の立場で仕組みを変える難しさを痛感しました。

その後、生産現場が駄目なら販売現場から変えようと、大阪で青果店を一年間経営しました。しかし、いざ自分が経営者になると、今度は生産者の方々に対して「もっと安くしてほしい」と言ってしまうのです。立場の違いで考え方が変わることを痛感し、生産と販売の間に根深い問題があることに気づきました。この問題を解決するには流通を変えるしかないと確信し、起業を決意しました。

生産者とスーパーをつなぐ「農業総合研究所」

ーー「農業総合研究所」という社名に込めた思いを教えてください。

及川智正:
農業は、つくった農産物が生活者の口に入って初めて価値が生まれます。ですから、つくるところから口に入るまでを総合的に研究し、コーディネートする会社にしたいという思いを込めて名付けました。正直に言うと、創業時は仕事がなかったので、「研究所」と付ければ仕事が舞い込むかもしれない、という下心もありました。

ーー中核事業「農家の直売所」の仕組みと強みを教えてください。

及川智正:
都市部のスーパー内に場所をお借りし、そのスペースを全国の生産者に「直売所」として開放する事業です。最大の特徴は、生産者が自ら販売価格と出荷するスーパーを自由に決められる点で、これにより主体的に流通に関わることができます。生活者の「美味しかったよ」という声が届きやすくなることも大きな価値です。生産者にとって“儲かる”こと、そして“ありがとうが聞こえる”こと。この二つを提供できるプラットフォームでありたいと考えています。現在、全国約10,000人の生産者と約2,000店舗のスーパーをITと独自の物流網でつないでいます。

ーースーパー側にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。

及川智正:
一番は「鮮度」と「熟度」です。私たちの物流網なら最短で収穫、翌朝には店頭に並べることができ、最もおいしい状態のものを届けることができます。また、全商品に生産者の名前が表示される安心感や、選ぶ楽しさがあるアミューズメント性のある売り場をつくることができるのも強みです。

データと仕組みで描く、農業の未来構想

ーー今後のビジョンについて、中期経営計画をお聞かせください。

及川智正:
今期170億円の流通額予測を、2027年には300億円まで成長させます。その実現のために二つの戦略を掲げています。一つは、私たちが持つ産直プラットフォームを進化させること。もう一つは、JAや市場といった既存の流通と連携し、その大きな流れの中で私たちも貢献していくことです。

現在、提携先のスーパーでも私たちのコーナーは売り場の約10%です。残りの90%は市場などから仕入れた商品が占めています。この90%の領域にも私たちの商品を展開すること、また既存の流通自体を私たちが支援できる可能性があると考えています。あらゆる形で選択肢を増やしていきたいです。

ーー農業界の課題である「豊作貧乏」をどのように解決していきますか。

及川智正:
豊作貧乏は、需要と供給のミスマッチが原因です。まずは食べる量とつくる量をデータで正確に把握し、需要を起点として生産量を計画する仕組みをつくることが解決の第一歩です。データを活用し、生産者の方々が豊作の喜びをきちんと収益に結びつけられる世界の実現を目指します。

編集後記

「日本の農業を本気で良くしたい」。及川会長が取材中、何度も口にした言葉だ。年収40万円というどん底を経験し、生産者と販売者の両方の立場を知るからこそ生まれた「農家の直売所」という事業。それは、農業に携わる人々を幸せにしたいという、氏の切実な願いの結晶である。自身でつくったきゅうりを売ることから始まった挑戦は、今や1兆円という壮大な未来を見据える。その情熱が、日本の農業の未来を照らしていくことだろう。

及川智正/1975年東京都生まれ。東京農業大学農学部農業経済学科卒業。学生時代から農業への危機感を覚え、会社員を6年間経験後、農業界へ転身。自分で農業を3年、八百屋を1年実践し、その経験を活かし、2007年に現金50万円で農業総合研究所を設立。起業後12年で取扱高100億円を達成。多数のメディア出演や講演活動、省庁や行政の委員、大学の講師も務める。農業ベンチャー初の上場企業として、農業界の変革を牽引している。