
株式会社音娯時間エンターテインメントが運営する「Pokekara」。このアプリは、歌を通じて人々が繋がるカラオケソーシャルアプリとして独自の地位を築いている。その成長を牽引するのが、代表取締役の兪氏である。大手商社や上海での起業、社会現象となった「TikTok」の日本立ち上げなどを経験。この多様なキャリアを経て、2022年に現職へ就任した。本記事では、異文化の壁を乗り越え挑戦を続ける彼の軌跡を追う。そして、「Pokekara」が目指すエンターテインメントの未来に迫る。
自身のキャリアを問い直した上海での大きな転機
ーー日本に来られてから、現在に至るまでの歩みについてお聞かせください。
兪捷克:
2001年に留学のため来日しました。アニメやドラマを通じて親しみがあった日本を選んだのがきっかけです。当時はまだ私自身の人生観が固まっていない時期でしたので、日本での経験がその後の私の価値観に大きな影響を与えました。
大学卒業後は、日本の大手IT商社に就職しました。数年間、営業として働いた28歳の頃、「このままでいいのか」と自身のキャリアを問い直し、一度故郷の上海に戻ることを決意しました。上海でも日系企業に勤めましたが、そこでは日本の仕事の進め方が通用しませんでした。よりストレートでトップダウンな中国のビジネススタイルを学び、「第二次カルチャーショック」を受けたこの経験は、私にとって大きな学びになりました。
決済インフラ事業の立ち上げと巨大プラットフォーム黎明期の奮闘
ーーご自身で会社を立ち上げられた経験について、詳しく教えてください。
兪捷克:
33歳の頃、仲間2人と共に上海で会社を設立しました。当時、日本を訪れる中国人観光客が決済手段に不便を感じていたため、「WeChat Pay」や「Alipay」を日本の店舗に導入する事業を開始。オフィス探しから採用、営業まで全て自分たちで手掛け、1年半後には約200店舗への導入を実現しました。ゼロから事業をつくることの難しさと、やり遂げる自信を得た貴重な経験です。
ーー今や誰もが知る「TikTok」の日本での立ち上げに携わられた経緯をお聞かせいただけますか。
兪捷克:
上海での事業を一度整理した後、中国発のテクノロジー企業「ByteDance」に勤める友人から誘われ、2017年末に再び来日しました。当時の「TikTok」には、「若者が踊るアプリ」という強い偏見がありました。そのイメージを覆すまでの4年間は、私の仕事人生で最も過酷なものでした。昼夜を問わず働いた結果、認知度を当初の20〜30%から90%へ向上させました。利用意向度も20%未満から70%近くまで引き上げることに成功しました。このBtoCサービスでの経験がなければ、今の「Pokekara」はありません。
歌声が紡ぐ新たな繋がり ソーシャル時代のコミュニティ形成

ーー「Pokekara」の社長に就任された経緯と、サービスの強みを教えてください。
兪捷克:
「TikTok」での経験を経て、「Pokekara」を運営するM&Eグループのオーナーから声がかかりました。コロナ禍でユーザーが急増し、日本での事業を本格化させる良いタイミングでした。そこで2022年に、私が社長へ就任しました。私たちは「Pokekara」を、単なるカラオケアプリではなく「カラオケソーシャルアプリ」と定義しています。歌を投稿すると他者から「いいね」やコメントをもらえ、オンライン上に歌好きのコミュニティが生まれるのが最大の特徴です。
ーー多くのユーザーから「Pokekara」が愛されている理由は何だとお考えですか。
兪捷克:
理由は2つあると考えています。1つは、プロ級のうまさが求められず、誰もがプレッシャーなく歌える環境であること。もう1つは、歌をきっかけに同じ趣味を持つ人と偶然出会える強力なソーシャル機能です。孤独化が進む現代だからこそ、オンラインで気軽に繋がれる場を提供している点も、ユーザーに支持されている理由だと考えます。
カラオケの常識を塗り替える オフラインと海外への展開
ーー現在注力されているプロジェクトについて教えてください。
兪捷克:
「カラオケまねきねこ」を展開するコシダカグループと共同で、エンタメプラットフォーム「E-bo」を開発しました。特徴は主に3つです。リモコンがなくスマートフォンで全て操作できる点、歌うとポイントが貯まる制度、そしてアーティスト本人の音源で歌える機能です。2025年9月時点で首都圏の約200店舗に導入しており、今後は全国への拡大を予定しています。
ーー海外展開の戦略についてはいかがでしょうか。
兪捷克:
3カ月前に韓国で同種のサービス「MiSing」をリリースし、すでに毎日数万人が利用するほど好評を得ています。今後は東南アジアにも展開する予定です。
弊社の強みは、伴奏音源を全て自社制作している点にあります。「JASRAC」や「NexTone」と包括契約を結んでいるため、スピーディーな海外展開が可能です。
ーー事業拡大に向けて、どのような人材を求めていらっしゃいますか。
兪捷克:
運営、マーケティング、事業開発の3チームで採用を行っています。重視するのは過去の実績よりも「短期間での学習能力」と「マルチタスク能力」です。年齢や経験は問わず、完全に実力で評価します。仕事に情熱を持ち、目的を持って取り組める方と、一緒に新しい挑戦をしていきたいと考えています。
カラオケの原点から描くテクノロジーとエンタメの未来像
ーー5年後、10年後を見据え、どのような会社を目指していきたいですか。
兪捷克:
売上目標も当然あります。しかしビジョンとして目指すのは、カラオケを原点としつつ、エンターテインメントを原点とする新たなサービスを創造していくことです。たとえば、音声技術を活かした高齢者向けのAIアシスタント。また、歌唱による感情の活性化を応用したメンタルヘルスケアサービス。これらも研究テーマに挙げています。最終的には、私たちのサービスが人々の生活に良い影響を与え、より日常に浸透する世界をつくりたいと考えています。
ーー数々の挑戦を乗り越える上で、大切にされている価値観はありますか。
兪捷克:
「自分を信じること」と「挑戦を恐れないこと」です。新入社員の頃は人の何倍も努力しましたし、その経験は決して無駄にはなりません。華やかに見える成功の裏には、必ず努力があります。若い時の挑戦は、失敗しても成功しても全てが自分の糧になると信じ、やり抜くことが重要だと考えています。
編集後記
兪氏のキャリアは「挑戦」の二文字に集約される。言葉の壁、商習慣の違い、プラットフォームへの偏見。幾多の困難を、自分を信じる力と圧倒的な努力で乗り越えてきた。その経験が注がれた「Pokekara」は、人と人を繋ぐ温かいコミュニティを育んでいる。テクノロジーでエンターテインメントの未来を切り拓き、人々の日常を豊かにしたい。その情熱は、次に続く挑戦者への力強いエールとなるだろう。

兪捷克/1983年、中国上海生まれ。2001年に来日し、明治大学商学部卒業後、日商エレクトロニクス株式会社(現・双日テックイノベーション株式会社)に入社。通信キャリア向け営業を担当する。2017年、ByteDance株式会社の初期メンバーとして参画し、「TikTok」をはじめ、「Ulike」「Capcut」「Lemon8」といった有名アプリの日本におけるマーケティングを統括する責任者を務める。2022年より「Pokekara」を運営する、株式会社音娯時間エンタテインメントの代表取締役CEOに就任。