※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

非鉄金属のリサイクルと銅合金の鋳造という2つのニッチな領域をつなぎ、社会インフラに不可欠な素材を供給する京和ブロンズ株式会社。日本で数少ない反射炉を用いた伝統技術を核に、水道の蛇口や船舶部品といった人々の暮らしを支える製品の原料を製造している。同社を率いる代表取締役社長の河井領氏は、大手食品メーカーでの営業職を経て、家業である同社へ入社。最近までトップダウン型の町工場だった組織を、社員一人ひとりがやりがいを持って働ける“企業”へと変革すべく、壮大な「100年計画」を始動させた。ゼロからの挑戦、そして社員の幸せを第一に考える経営哲学、その未来への展望をうかがった。

異業種からの転身と“家業”の現実

ーーどのような経緯で家業の道へ進むことを決意されたのでしょうか。

河井領:
もともと家業を継ぐ意思は全くありませんでした。ですが、非常に家族仲が良かったこともあり、ある時、祖父から「一人欠員が出たからうちの会社でやってみないか」と相談を受けました。前職での営業経験が活かせるかもしれない、という思いも背中を押し、入社を決意するに至りました。

ーー初めて家業の現場に足を踏み入れた際、どのような印象を受けましたか。

河井領:
実を言うと、入社するまで一度も会社の中を見たことがなかったのです。初めて足を踏み入れた時に受けたのは、「テレビでよく見るTHE町工場だな」という鮮烈な印象でした。前職が大手食品メーカーだったこともあり、そのギャップの大きさには正直、驚きましたね。

ーー社長が思い描く“企業”の姿に向けて、まず何から取り組むべきだとお考えになりましたか。

河井領:
明確な組織や役職がなく、すべてがトップダウンで決まっていく。工場も、お世辞にも整理整頓が行き届いているとは言えない状況でした。これはまず、社員が安心して働ける環境を整え、組織の骨格を作るところから始めなければならないと痛感しました。

ゼロから築いた独自の強みと事業の核

ーーその状況を改革すべく、何から着手されたのでしょうか。

河井領:
営業・購買部門はほぼほぼ当時の常務(後の社長)一人でやっていて、日本全国の仕入先様や販売先様を全てフォローするには厳しい状態でした。まずは将来お取引につながる可能性のある企業を全国から探し出し、リストを作成することから着手しました。そして、地道なアプローチを重ねていったのです。

ーー貴社の誇る事業内容と、その中核にある技術についてお聞かせください。

河井領:
私たちの使命は、お客様が求める仕様に合わせ、銅や錫、亜鉛などを適正な比率で調合し、高品質な銅合金の鋳造原料をつくり上げることです。製品は錆びにくい特性から、地下の配管や水道の蛇口、ポンプ、バルブといった水回りを中心に、住宅や造船など、社会インフラを支える多様な分野で活用されています。

その技術的な核となるのが「反射炉」です。これは、金属スクラップを精錬し、不純物を徹底的に取り除くのに最も適した炉で、極めて純度の高い合金をつくることができます。現在、この炉を国内で稼働させているのは、おそらく私たちだけではないでしょうか。

また、ポンプの心臓部とも言える「羽根車」に関しては、原料はもちろん、鋳造から機械加工までを社内で一貫生産しております。このスタイルも日本では珍しいと思います。

ーー営業活動において、ご自身のどのような経験が強みになったとお考えですか。

河井領:
「非鉄金属スクラップのリサイクル」と「銅合金の鋳造」。この双方の業界に精通し、橋渡しができること、これに尽きると考えています。この2つのニッチな業界を深く理解している人材は、当時も今もほとんどいません。お客様からどんな質問をいただいても的確にお答えできるよう、業界について徹底的に学び、皆様から「まずは河井に相談してみよう」と頼られる存在になることを第一に心がけました。

100年企業への挑戦 「100年計画」が描く未来

ーー経営される上で、最も大切にされている価値観や信条についてお聞かせいただけますか。

河井領:
経営理念に「和と輪」を掲げていますが、その根底にあるのは「社員と、その家族の幸せ」です。24時間、高温の金属を溶かし続ける仕事は、決して楽なものではありません。厳しい環境で汗を流してくれているからこそ、しっかりと社員に報いたい。その思いが、私の経営の原点です。

ーーその思いを実現するための「100年計画」、具体的にはどのような内容になりますでしょうか。

河井領:
その名の通り、100年後も社会から必要とされ、社員が誇れる企業であり続けるための改革プランです。私自身も大手企業に勤めていた経験から、中小企業との労働環境の格差を痛感しました。組織がなく、誰に何を聞けばいいのかさえ分からない。そんな状況を改善し、「この会社で働いていて楽しい、やりがいがある」と心から思える職場をつくるために、この「100年計画」を立ち上げました。役職制度の制定や就業規則の明文化、管理職研修、そして新しい人事評価制度といった改革を、一つひとつ着実に進めている段階です。

ーー働きがい向上のため、貴社独自の制度があれば教えてください。

河井領:
先代が遺した「よく遊び、よく学べ」という言葉を大切にしており、年間18万円までを補助する「ゆとり旅行補助金」や、フィットネスジムの費用を会社が負担する「ヘルスケアサポート」といったユニークな制度を設けています。また、昨年設置したデジタルの「意見箱」は想像以上の効果がありました。匿名で自由に意見を投稿できるようにしたところ、社員から多くの本音が寄せられました。その一つひとつに真摯に向き合い、改善を重ねたことが、働きやすさの向上に繋がったと実感しています。

未来を担う人材と共に歩む

ーー今後の人材戦略について、どのようにお考えですか。

河井領:
これまでは中途採用が中心でしたが、再来年度からは高校生の新卒採用をスタートさせる予定です。組織に新しい風を吹き込んでくれる、若い力に大いに期待しています。先日も、ある若手社員が、「新しく入社する高校生が働きやすい環境づくり」について、自ら考えて提案してくれたのです。自発的に会社の未来を考えてくれていることが、本当に嬉しかったですね。

ーー若手採用に向けて、どのような準備を進めていますか。

河井領:
採用ページの刷新などを検討しています。先日、そのページに載せるハッシュタグを考えたのですが、私のアイデアは若手社員から「社長、それ全然ダメです」と一蹴されまして(笑)。彼らが選んだのは「#ワークライフバランサー」という今の価値観を反映した言葉でした。自分のペースで働ける環境など、現代の若者に響く魅力を、彼らの感性を取り入れながら発信していきたいと考えています。

ーー入社後の人材育成については、どのようなビジョンをお持ちでしょうか。

河井領:
これまで固定だった配属を、この5年ほどはジョブローテーション制度を導入しています。今後はさらに、各部署で育成カリキュラムを体系的に構築していく計画です。さまざまな部署を経験することで多角的な視点を養い、会社全体を俯瞰できる人材に育ってほしいと願っています。

編集後記

大手メーカーから“家業”へ。河井社長の歩みは、単なる事業承継ではない。「社員とその家族の幸せ」という揺るぎない哲学を基盤とした、企業文化そのものを創造する挑戦である。長期的な視点に立った「100年計画」は、その実現に向けた具体的な設計図だ。若手社員が自発的に会社の未来を語り始めたというエピソードは、改革の波が組織の隅々にまで浸透し、新たな活力を生み出している何よりの証だろう。伝統技術を核としながら、社員一人ひとりの働きがいを追求する同社の挑戦は、伝統と変革の両立を目指す多くの中小企業にとって、示唆に富む事例となるに違いない。

河井領/1975年東京都出身、慶応義塾大学卒。食品メーカーに6年間勤務の後、2005年に京和ブロンズ株式会社に入社。2020年に同社代表取締役社長に就任。