※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

超高齢社会を迎えた日本では、労働現場における身体的負荷の軽減が喫緊の課題となっている。この課題解決に挑むのが、装着型アシストスーツ「マッスルスーツ®」を開発・製造・販売する株式会社イノフィスだ。介護や農業など、多様な現場でマッスルスーツ®の活用が広がる中、コロナ禍で揺らいだ経営の立て直しを託され、2023年に代表取締役社長に就任した乙川直隆氏に、今後の展望や経営戦略について話を聞いた。

独自技術の装着型アシストスーツで広がる支援

ーー株式会社イノフィスの代表取締役に就任するまでの経緯をお聞かせください。

乙川直隆:
私はもともと産業技術総合研究所で、技術士として近赤外センサーなどの製品実装に携わっていました。この技術を事業化するスタートアップの立ち上げに参画し、経営サイドでの経験も積んでいます。その後、別のご縁で2007年に株式会社菊池製作所に入社。当初は開発部門の配属でしたが、すぐに経営企画部門に異動し、IPO(株式公開)に向けた準備業務などに従事しました。このときの経験が、経営に対する考え方の土台となっています。

弊社とは、菊池製作所に在籍中から、創業初期より社外取締役などの立場で関わっていました。コロナ禍の影響などで経営が不安定な時期が続いたことから、その再出発を託され、2023年に代表取締役社長に就任しました。

ーー貴社の事業内容とその特徴を教えてください。

乙川直隆:
弊社の主要事業は、身体への負荷を軽減する装着型のアシストスーツ「マッスルスーツ®」の開発・製造・販売です。アシストスーツの黎明期から他社に先駆けて製品化を進め、現在は介護や農業、建設、製造など、重労働を伴う現場で幅広く活用されています。

弊社製品は、重厚なロボットではなく日常の作業を支える道具として、装着者の動きを妨げない設計を追求しています。アシストスーツというと、モーターで動く電気式のものを想像されがちですが、業界のパイオニアである弊社では、開発当初から一貫してモーターを使いません。独自技術の人工筋肉に空気を送ることで動作させる方式にこだわってきました。

弊社の「マッスルスーツ®」は重いものを持ち上げるときなどに腰をサポートする構造で、軽くて誰でも簡単に装着できます。電源が不要なため、屋外や湿気の多い環境でも使用可能で、価格が現実的なこともポイントです。頑丈でアシスト力の効果もしっかり得られるという点でも評価されています。

堅実な投資と協業で製品力を高め、市場を開拓

ーー代表取締役に就任されてから、どのようなことに取り組まれましたか。

乙川直隆:
就任後、すぐに経営の立て直しに着手しました。コロナ禍では、対面でのデモンストレーションが困難になり、業績が大幅に落ち込みました。「マッスルスーツ®」は量販店の棚に並べて自然に売れる商品ではなく、実際に動きを体感していただくことが不可欠だからです。

まず見直したのは、投資のあり方です。大きく投資して大きく回収するのではなく、売上規模に見合った堅実な投資で、地に足のついた会社運営を心がけました。

「マッスルスーツ®」の課題にも着目し、注力したのは製品のバリエーション拡充です。「重い・暑い・動きにくい」という現場の声に応え、装着感や可動性を見直して新モデルを開発しました。試作から製品化までを短期間で実現した背景には、創業者である小林宏教授と東京理科大学との連携が大きく寄与しています。

異なる分野のトップ企業とも協業し、互いの技術を融合させた開発を進めているところです。コラボレーションによる開発は、投資リスクを抑えつつ新たな市場開拓へとつながっています。

現在も「投資に見合ったリターンを見極める」「顧客ニーズを起点に製品を展開する」という方針を大切にしながら、着実な成長を目指しています。

アシストスーツで多様な人材が輝く社会を

ーー今後の成長戦略についてお聞かせください。

乙川直隆:
大きく3つの展開を考えています。1つ目は、マッスルスーツ®を中心に、その周辺で求められるソリューションの充実を図ります。熱中症対策では、パートナー企業との協業により、暑熱環境下での作業に適したファンジャケットなどの開発が進行中です。また、物流分野では、マテリアルハンドリング(荷物の搬送や保管などを効率化する技術や装置)の開発に取り組んでいます。AMR(自律移動ロボット)やドローンなども活用し、現場の課題解決に向けてパートナー企業と連携したいと考えています。

2つ目は、機能回復分野への展開です。介護する側だけでなく、介護を受ける方の機能回復トレーニングにも活用し、姿勢や足の動きの改善を図ります。小林教授が研究を進めてきた分野で、今後はイノフィスとしてビジネス化を推進していきます。

3つ目は海外展開です。すでに23の国と地域で販売代理店契約を結んでいますが、特にヨーロッパでの反応がよく、昨年ドイツにも拠点を設置しました。中長期的には南米、中米、東南アジア、アフリカへと順次拡大する計画です。

私たちの使命は、誰もが自立して豊かな生活を送れるよう支援することで、その中心にあるのがアシストスーツです。少子高齢化が進む中、多くの方が元気に働ける環境づくりを目指します。女性や高齢者など多様な人材の活躍を後押しし、地域における働き手不足の解消を通じて、地方創生にも貢献したいと考えています。

ーー貴社ではどのような人材を求めているか教えてください。

乙川直隆:
やりたいことを実現するために意欲的に動ける方を歓迎しています。将来起業したいという方でも構いません。なぜなら、モチベーションは教えられるものではなく、行動を起こす何よりの原動力だと考えているからです。

現在は上場に向け経験豊富な人材が集まっていますが、やや慎重になりすぎる面もあります。若い世代ならではの無垢なパワーやチャレンジ精神も強く求めています。アシストスーツを通じて社会課題の解決に貢献したいという方であれば、経験の有無は問いません。一緒に新しい未来を切り開いていける仲間との出会いを楽しみにしています。

編集後記

軽量性、装着性、価格面のバランスを追求したアシストスーツの用途は、作業支援にとどまらず、機能回復トレーニングや多様な人材の活用、さらには海外展開にも広がっている。アシストスーツ単体のメーカーから、パートナー企業との協業によって価値を拡張する企業へと進化を遂げたイノフィス。その舵取りを担う乙川社長の手腕は、他の成長企業にとっても示唆に富むモデルといえるだろう。

乙川直隆/産業総合技術研究所での技術士経験を経て、産総研発のスタートアップに参画。その後、菊池製作所でIPO準備に携わり、2012年に経営企画担当取締役に就任。イノフィスには創業時から社外取締役などとして関わり、2023年3月より現職。