
ペット業界のDXを推進し、ペットフレンドリーな日本の実現を目指すペッツオーライ株式会社。同社は、獣医師やトレーナーに24時間365日相談できるサービス「ペッツオーライ」や、ペットとのお出かけを支援するアプリ「Wan!Pass(ワンパス)」を提供する。株式会社リクルートの新規事業コンテストでグランプリを獲得した事業でEXIT(事業売却)を果たし、同社を設立した代表取締役の小早川斉氏に、業界の構造的課題に挑む独自の戦略と、その根底にある哲学を聞いた。
社会変革を志した起業家がペット業界に見た構造的課題
ーーまず、小早川社長のキャリアの原点についてお聞かせください。
小早川斉:
25歳でリフォーム会社を起業しましたが、社会を変えたいという志に対して、自分の力が及ばない現実を痛感しました。社会を動かすためのノウハウを身につける必要があると感じ、29歳で株式会社リクルートに転職。そこで社内の新規事業コンテストでグランプリを獲得した事業を自ら立ち上げ、最終的にその事業をEXITし、現在の会社を設立しました。
ーー現在は、どのような事業を手がけていらっしゃるのでしょうか。
小早川斉:
ペットに関わる事業を展開しています。実は、この事業を始めたのは、愛犬の病気がきっかけでした。動物病院によって診断が異なるという現実に直面し、強い疑問を抱いた私は、獣医師の方々へのヒアリングを始めました。すると、単なる診断の差に留まらない、業界の根深い構造問題が見えてきたのです。特に、出産や育児で現場を離れた女性獣医師のキャリアが断絶されやすいという慣習は、社会的な損失に他なりません。「この構造を変えることで、より多くの人と動物を救えるはず」。そう考えたのが、この事業の始まりです。
ーーその構造的な課題を解決するために、具体的にどのようなアクションを起こしたのでしょうか。
小早川斉:
まず私たちが着手したのは、24時間365日、獣医師に相談できるサービス「ペッツオーライ」の立ち上げです。このサービスは、飼い主の不安を解消すると同時に、在宅で働きたい獣医師の受け皿にもなっています。飼い主からの相談に専門家がアドバイスし、必要であれば専門性の高い獣医師とマッチングさせることで、飼い主と獣医師双方にとってメリットのある仕組みを構築しました。
業界のDXを牽引するワンパス構想の真髄
ーー「ペッツオーライ」を運営される中で、さらに見えてきた業界の課題などはありましたか。
小早川斉:
「ペッツオーライ」を通じて飼い主様や獣医師の方々と接する中で、より根深い2つの課題が浮かび上がってきました。
一つは、日本の飼い主様のペットに対するリテラシーの問題です。いわば義務教育を受けずにペットが社会に出ている状態で、これが社会に受け入れられにくい一因になっています。
もう一つは、業界の旧来の慣習が根強く残っている点です。事業開発に必要な定量データがほとんどなく、アナログな環境であるため、業界の発展が見込めません。
この2つの課題を同時に解決する業界のインフラが必要だと考え、構想したのが新たな事業となる「Wan!Pass」です。
ーー「Wan!Pass」はどのような価値を提供するサービスなのでしょうか。
小早川斉:
ペット版のGoogleのような存在を目指しています。狂犬病や混合ワクチンの接種証明書のデジタル化や、第三者が犬のしつけレベルを証明する「Wan!Pass認定証」の発行機能などを提供しています。これにより、施設側は「しつけができている子なら受け入れる」といった柔軟な判断が可能になり、安心してペット連れの顧客を迎えられます。一方、飼い主側は愛犬のできることが証明され、愛犬と共に過ごせる場所が格段に広がるのです。こうしたインセンティブを通じて、日本全体のペットリテラシーの底上げを図りたいと考えています。
一人勝ちではなくみんなで勝つ独自の社会実装戦略

ーー「Wan!Pass」が他サービスと一線を画す、最も大切にしている哲学や姿勢についてお聞かせください。
小早川斉:
私たちは他のお出かけメディアなどの類似サービスを、競合ではなく協力サービスと捉えています。他社の優れたコンテンツを「Wan!Pass」の施設情報と連携させるなど、私たちのプラットフォームを皆さんのビジネス成長に活用してほしいのです。日本のペット市場は約1.9兆円規模と、巨大IT企業一社分ほどしかありません。この小さな市場でパイを奪い合っても意味がない。業界全体で協力し、市場そのものを拡大させる「みんなで勝つ」というスタンスを明確にしています。
周囲からは「ストイックな事業だ」と言われることもありますが、まずは社会に実装されることを最優先し、多くの施設や飼い主にとって「Wan!Passがなくてはならない」と自然に思っていただける状況をつくることが目標です。最近では、観光客減少に悩む地方自治体からペットツーリズム推進のご相談も増えており、「Wan!Pass」を通じて地域全体でペットフレンドリーな環境を構築するお手伝いをしていきたいです。
少数精鋭を貫く組織論とペットが当たり前にいる社会の実現
ーー事業を拡大していく上で、どのような人材を求めていますか。
小早川斉:
私たちは企業の規模拡大には興味がなく、少数精鋭で効率的に事業を伸ばすことを目指しています。そのため、採用ではスキルよりスタンスを重視しており、特に「当たり前を疑い、物事の本質に対して問いを立てられるか」を大切にしています。常識や慣習に流されず、物事の本質を探求しようとする好奇心旺盛な人と一緒に、この業界を変革していきたいです。
ーー最後に、今後の展望と、小早川社長が大切にされている信念をお聞かせください。
小早川斉:
私たちの目標は、会社の規模を大きくすることではなく、事業を通じてペット業界が変わっている状態をつくり出すことです。海外のように、動物がいることがごく自然な風景として受け入れられる社会を実現したい。そのために、業界の変革に不可欠な存在となることを目指しています。
また、私は「起業」とは、単に事業を始めることではなく「業(ぎょう)を起こす」ことだと考えています。誰かの真似をするのではなく、既存のビジネスから新たなニーズを見つけ出し、新しい市場を創造していく。これからも、社会に新しい価値を生み出す「業」を起こし続けていきたいですね。
編集後記
株式会社リクルートで新規事業を成功させた小早川氏は、次なる挑戦として、旧来の慣習が根強いペット業界の構造改革に乗り出した。小早川氏の言葉からは、短期的な成功ではなく、業界全体の未来を見据える強い意志が感じられた。「一人勝ち」ではなく、「みんなで勝つ」。この思想は、多くの国内市場が抱える課題への一つの答えかもしれない。ペットが当たり前の風景となる日を目指す同社の挑戦に、今後も注目したい。

小早川斉/不動産会社勤務を経てリフォーム会社を起業。後に株式会社リクルートへ転職し、新規事業コンテスト「New RING」でグランプリを獲得。自ら起案した事業でEXITを果たしペッツオーライ株式会社を設立。日本ドッグラン協会の理事も務める。