
デジタルコンテンツの消費が加速し、マンガ業界もまた紙媒体から電子媒体へと軸足を移している。そんな中、新たな時代の出版社像を追求する企業が、株式会社マンガボックスだ。これまで培ってきたノウハウと、親会社株式会社TBSホールディングス(以下、TBS)との強固な連携を武器に、唯一無二の存在感を放っている。マンガ文化を未来へとつなぐべく、作品と「人」に真摯に向き合う代表取締役社長の安江亮太氏。今回、同氏に挑戦の軌跡と未来像を伺った。
マンガボックスが描く、新時代の出版社像
ーーこれまでのキャリアと、どのようにして現在の事業を興すことになったのか、その経緯を教えてください。
安江亮太:
私は娯楽の少ない岐阜県の山の中で生まれ育ち、幼少期からマンガに囲まれた生活を送っていました。東京大学に入学し、学生時代を東京で過ごした後、卒業後は、株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)へ新卒入社しました。
当時から「グローバルで活躍したい」という思いが強く、早期にそういった機会を掴み取るため、早くから成果を出すことを望んでいました。入社後すぐに韓国、その後アメリカでマーケティング業務やM&A後の統合プロセスに携わりました。社長室で全社的なグローバル戦略を担当した後、新規事業部門へ異動し、その流れでマンガ事業に深く関わることになったのです。
ーーDeNAからマンガボックス事業を独立させた背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
安江亮太:
私自身、音楽活動をしていたこともあり、クリエイターの方々を支える仕事に大きな喜びを感じています。日本のマンガコンテンツは普遍的な商材であり、グローバルでも大きな可能性を秘めていると確信しています。
DeNAが多角的な事業を持つ中で、マンガ事業へのさらなる投資の必要性を感じていましたが、当時の体制では難しい部分がありました。特に、オリジナル作品の制作・配信はできていましたが、マルチメディア展開による拡散が課題として認識していました。
そこで、現在の親会社であるTBSと連携することで作品のメディア化を強化できると考え、事業のカーブアウト(※1)を決断しました。私自身もDeNAを退職し、マンガボックス事業にフルコミットしています。
(※1)カーブアウト:事業部門や子会社の一部を新たな会社として独立させること
ーー貴社の事業内容と強みについて詳しくお聞かせいただけますか。
安江亮太:
マンガボックスは、アプリの会社というイメージがあるかもしれませんが、基本的には電子出版社です。より正確に言えば、コンテンツとサービスが一体となり、作家ファーストで「未来の名作」づくりを行う電子出版社を事業コンセプトとしています。ほかの出版社と同様にマンガづくりを行う会社であり、アプリ事業も展開しているという位置づけです。マンガというコモディティを扱っている以上、アプリには使いやすさやお得感・作品の見つけやすさなどの差分はあるものの、本質的な差別化要因は「そこでしか読めない作品があるか」というコンテンツにあります。
弊社の強みは、青年向け、女性向け、異世界系といった多彩なジャンルを網羅する編集体制が挙げられ、かつここ数年間で電子メインながら短期間で編集部規模も拡大し続けてきました。最大の強みは、IP(知的財産)創出から、制作、配信、そしてTBSとの連携したメディア展開まで、グループ内で一貫して行える点にあります。
「誠実と真摯」で育む、ヒット作と人材

ーー経営者として最も大切にされていることは何でしょうか。
安江亮太:
私の個人的なミッションは「自身の実直さを持って人や組織が、より大きく、より円滑になること」です。その上でマンガボックス社の行動規範として大事にしているのが「誠実に、真摯に」という言葉です。これは、ユーザー(読者)、仲間、そして社会に対して、向き合うことを恐れないという気持ちを込めています。困難な状況や不都合な真実から目を背けず、常に「これで正しいのか」と自問し続けることが、誠実さであり真摯さだと考えています。
ーー貴社では、どのような人材を求めていらっしゃいますか。
安江亮太:
まず、エンターテインメントが心から好きな方です。将来、「自分はこの作品をつくったんだ」と胸を張れる未来を、一緒につくりたいと思ってくれる方を求めています。編集者、サービス開発、営業、ライツ、経営企画など関わり方はさまざまですが、どの立場でも作品への貢献を喜びと感じられることが大切だと考えています。その上で、「誠実に、真摯に」を実践できる方、自分を大きく見せず、野心を持ちつつも自分自身と真摯に向き合える方に来ていただきたいです。
ーー採用活動において、貴社が特に力を入れていることを教えてください。
安江亮太:
弊社は採用が強いと自負しているのですが、その理由は会社の強みが明確であること、そして何よりも経営陣が採用にコミットしているからです。特に「ミッションレター」という取り組みが特徴です。
これは内定を出す際に、「オファーレター」とは別に、候補者を活躍いただけると感じた理由や入社後に任せたいことをお伝えするものです。さらに、面接に携わった役員やマネージャーからの「ラブレター」を一人ひとりに書き下ろします。オファー面談時に候補者の前で朗読し、私たちがどれだけ一緒に働きたいかという熱意を伝えます。この取り組みは全候補者に対して行っています。この熱量とスピード感で採用に取り組んでいる企業は少ないと自負しています。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
安江亮太:
現在は、特に編集者の採用を拡大しており、2026年には常時100作品体制、編集者も30名以上の体制を構築していく計画です。
3年後、5年後を見据えると、TBSグループ全体でのシナジーを最大化したいと考えています。地上波ドラマやアニメ、映画、グッズ販売まで、グループ一体で手掛けることで、累計数千万部から数億部レベルのヒット作を生み出したいです。映画では、興行収入100億円を超えられるような作品の原作を目指し、TBSグループとして、しっかりIPを創出できると誇れる未来に近づいていければと思っています。
編集後記
安江社長の言葉の端々から、マンガへの深い愛情と、それを生み出すクリエイターや社員への強い敬意が伝わってきた。自らの生い立ちやキャリアを率直に語り、「誠実に、真摯に」という哲学を掲げる姿は、多くのビジネスパーソンの共感を呼ぶだろう。同社が描くマンガの未来は、ビジネスの成長に留まらない。人を大切にする組織づくりと、そこから生まれる新たな作品の創造によって切り拓かれていくに違いない。

安江亮太/1986年岐阜県生まれ、東京大学卒業。株式会社ディー・エヌ・エーへ新卒入社し、韓国・米国でのマーケティングや全社戦略業務に従事。その後、IPプラットフォーム事業部長や小説投稿サイトを運営する株式会社エブリスタの社長を経て、2020年にマンガボックス事業をカーブアウトし、以降、株式会社マンガボックスの代表取締役社長を務める。