
株式会社ZEALの渡會雄一氏は、プロボクサーとして活躍した経歴を持つ。引退後はデジタルマーケティングの世界に飛び込み、さまざまなビジネス領域で研鑚を積んだ。そして両者の経験を融合させ、独自のフィットネスジム「ZEAL BOXING FITNESS」(以下、「ZEAL」)を立ち上げる。これは、ボクシングにデジタル技術を組み合わせた、今までにないサービスだ。渡會氏がこのビジネスで何を目指すのか、そのビジョンと戦略をうかがった。
挫折と経験で辿り着いた新境地 フィットネス業界への挑戦
ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。
渡會雄一:
19歳から4年間プロボクサーとして活動しましたが、試合の大敗を機に引退しました。その後、株式会社リクルートで営業を経験し、転職先でデジタルマーケティングに出会いました。そこが転機となり、半年ほどコンサルティングを担当した後、2008年と2009年にそれぞれマーケティング会社を起業しました。
また、2014年には住宅リノベーションを手がける、リノベる株式会社の取締役CMOにも就任し、自分の会社と兼任していた時期もあります。マーケティング部の立ち上げなど、幅広いポジションを担当したことは非常に良い経験になりました。
ーー貴社を設立した経緯を教えてください。
渡會雄一:
以前から「世界で戦える事業を興したい」という思いを抱いていました。しかし、それまで携わってきた法人向けマーケティングのコンサルティングでは、世界に進出する具体的なイメージが湧きませんでした。
いろいろと模索する中、新規事業のテストとしてパーソナルジムのフランチャイズに加盟したのです。フィットネス業界の知見が深まるにつれ、「この業界でなら、世界で勝てるプロダクトを生み出せる」と確信しました。そして、2024年から弊社を創業し、新店舗の営業を本格的に開始しました。
フィットネス後進国日本の課題解決へ 「楽しさ」で常識を覆す独自の事業

ーー世界で戦うビジネスとしてフィットネス業界を選ばれたのはなぜですか。
渡會雄一:
私にとってトレーニングとは「楽しくない、苦しいもの」でした。それでも厳しい練習に耐えられたのは、「ボクシングで世界チャンピオンになる」という明確な目標があったからです。つまり、パフォーマンス向上のための「手段」として、トレーニングに取り組んでいました。
しかし、現代のフィットネス業界に目を向けると、多くのサービスがトレーニング自体を「目的」として商品化しているように感じます。「何のためにトレーニングするのか」という利用者の目的が曖昧なままでは、トレーニングを続けるのは難しいでしょう。
この構造的な問題が、日本が「フィットネス後進国」と呼ばれる一因ではないでしょうか。日本のフィットネス有料化率(※)は長らく4%程度にとどまっていました。近年はコンビニ型ジムの登場で6.9%まで伸びてきましたが、韓国(8〜9%)や欧米(約18〜30%)と比較すると、依然として低い水準です。
そこで私は、発想を転換する必要があると考えました。明確な目標がない多くの人にとって、苦しいだけのトレーニングは続きません。このトレーニングを「楽しさ」を伴う体験へと変革できれば、状況は打開できるはずです。新たな価値を提供することで日本のフィットネス有料化率を向上させ、ひいては海外市場でも勝負できるのではないかと考えています。
(※)フィットネス有料化率:フィットネス施設の利用にお金を払っている人の割合
ーーでは、現在の事業内容や強みについてお教えください。
渡會雄一:
本格的なボクシングトレーニングができるフィットネスジムです。フィットネスにボクシング要素を取り入れたジムはよくありますが、「ZEAL」は一線を画します。全店舗に研修を受けたトレーナーが在籍し、ミットをつけた対人練習ができる点が強みの一つです。
また、センサーつきのIoTサンドバッグを導入している点も特徴で、パンチの回数やパワーなどがデータとして表示されます。目標を設定してクリアを目指すというゲーム要素も組み込み、利用者が楽しみながら継続できる工夫を凝らしました。これを導入したジムは「ZEAL」がはじめてではないでしょうか。
将来的には、「ボクシングのeスポーツ化」を構想しています。トレーニングデータを蓄積して自分のアバターを育成し、モーションセンサーを用いて利用者の動きをアバターに反映させ、仮想試合ができる仕組みです。これは2〜3年後の実現を目指しています。
また、子ども向けのプログラム「ZEAL BOXING FITNESS for KIDS」も開始しました。板橋区の教育委員会と連携してボクシング教室を2回ほど開催したところ、いずれも100人単位の子どもたちが参加してくれ、確かなニーズを実感しています。
日本から世界へ「楽しく健康に」というビジョンの実現
ーー今後の展望についてもお聞かせください。
渡會雄一:
2025年9月時点で、直営店舗が2店舗、FC店31店舗、FC加盟80店舗です。3年後の2028年3月には、国内500店舗体制を目指しています。
海外向けには、eスポーツ化したボクシングソフトウェアの輸出を計画中です。現在、そのプロダクトの開発にも取り組んでいます。海外での店舗展開はまだ考えていませんが、国内チェーンが拡大すれば、グローバルなFC展開も視野に入ってきます。
これらの実現には、事業を牽引してくれる人材が不可欠であり、採用も強化しています。弊社はスタートアップですから、情熱を持って仕事に打ち込める方を求めています。数百単位の店舗を立ち上げていく事業のダイナミズムは、特に若い方々にとって大きな成長の機会になるでしょう。
ーー最後に、社長が目指すビジョンとはどんなものですか。
渡會雄一:
「健康のために、我慢して苦しいトレーニングをする」という常識を変えたいのです。「楽しく運動した結果、健康になる」という世界観を実現したい。お金と時間を費やす以上、トレーニング自体が楽しいものであるべきです。日本だけでなく、世界中にそのような社会を広げていきたいと考えています。
編集後記
一度はリングを降りたプロボクサーが、今度はビジネスの世界で再び頂点を目指す。その武器は、鍛え上げた拳ではない。デジタルマーケターとしての知見と、トレーニングの苦しさを知る自身の原体験だ。「苦しい」を「楽しい」に転換する挑戦は、日本のフィットネス文化を変え、やがて世界へと広がっていく。「楽しさが、人を健康にする」。このシンプルな哲学が、国境を越える日もそう遠くないだろう。

渡會雄一/明治大学在学中の19歳でプロボクサーとなり、24歳で引退。株式会社リクルートに入社。その後転職し、運用型広告事業を経験する。2008年と2009年に起業後、2014年にリノベる株式会社の取締役CMOにも就任する。2024年、株式会社ZEALを設立。現在は「ZEAL BOXING FITNESS」の運営をメインにFC事業に注力、全国に展開中。